Archive for 7月 30th, 2013

どんな言語にも抑揚があり、抑揚のない言語というのは考えられません。抑揚のパタンは強勢のパタンと微妙に重なって、それぞれの言語に特有のリズムとメロディーを生み出します。それにはたぶん、抑揚や強勢だけでなく、発声の仕方、音程の取り方、話し方の速度や間の取り方など、言語外の要素が多数含まれているでしょう。そのような要素は言語音声の記述ではほとんど取り上げられませんが、それらすべてが一体となって言葉のリズムとメロディーを作り出していると考えられます。私たちは自分の母語については、母の胎内にいるときから自分の言葉のリズムとメロディーに触れてきたので、それらをしっかりと身につけています。しかし外国語の場合には、それらを身につけるのは簡単ではありません。筆者の意見では、これは一つには経験、もう一つは個人の感受性によるものです。後者はおそらく、後で触れるように、母語習得の初期の過程で発達するものです。

それぞれの言語には特有のリズムとメロディーがあります。日本語のリズムやメロディーと英語のそれとはずいぶん違います。同じ日本語でも、それが話される土地によって違ってきます。同じように英語も、土地によって違いがあります。20年ほど前にロンドンに1年間滞在してBBCのニュースを毎日聴きましたが、アメリカのCNNなどのニュースキャスターの英語と感じがずいぶん違うと驚きました。アメリカ英語に慣れた耳には、BBCのニュースキャスターの話す英語はまったく違った言語に感じるほど大きな違いがありました。ロンドンを訪れた何人かのアメリカ人にそのことを尋ねてみると、初めてロンドンに来た人はみなそのように言っていました。あるアメリカ人は、ロンドン名物の観光バスに乗ってガイドの説明を聞いたが、自分の使っている英語とあまりにも違っていて、半分も聞き取れなかったと言っていました。その違いを分析すれば、おそらく個々の母音・子音の発音や強勢や抑揚、あるいは語彙といった言語学的な要素の違いも大きいのでしょうが、それだけではなく、全体的な言葉のリズムやメロディーといった言語の外的要素も大きな役割を果たしているのではないかと思います。

私たちの母語の習得において、言語のリズムとメロディーは非常に大きな役割を果たしています。赤ちゃんはおそらく最初から、すべての言語に言語そのものの要素(母音、子音、語彙など)と言語の外的要素(リズム、メロディーなど)があること、そして後者を先に吸収するほうが容易であることを知っているのでしょう。ですから聞こえてくる発話の語彙的な意味はまったく理解できなくても、強勢や抑揚やメロディーによって伝えられるだけの情報を何とかして理解しようとします。こういうことを、赤ちゃんはお母さんの胎内にいるときから学んでいるのです。そしてその学びは誕生後の10か月余におよび、1歳の誕生日を迎える頃には、母語の言語的要素に近づく準備が整います。偉大な歌手というのは、おそらく非常に早い時期に、声を道具としてあらゆる演奏ができるように習熟した人たちです。彼らは誰もが持っている声の才能を他の人よりもよく育てた人たちなのです。

英語のリズムやメロディーを身につけるいちばん優れた方法は、歌をうたうことです。幸い英語の歌に関する資料は数多く出版されています。昨年度、小学校5年生から学校で英語が教えられるようになりました。小学校によってはどう教えたらよいか迷っているところもあるようですが、まずは英語の歌から始めてはどうでしょうか。歌をうたうことによって、英語らしいリズムやメロディーを身につけることができます。それは、使える英語の第一歩だと言えます。小学生のための英語指導の研究に長年携わってきた久埜百合氏は、その監修書の冒頭に次のように書いています(注)

「小学生が初めて英語に出会うとき、英語の歌が大きな役目を果たします。まず、楽しく英語の歌を聞いてみましょう。子どもたちは「ことば」にとらわれずに、「英語の音の流れ」を自然に吸収していきます。すこしずつうたえるようになると、リズムにのって体をのびのびと動かせるようになります。そして、日本語とは違うリズムや抑揚に慣れていきます。無意識のうちに“英語らしい”音の流れを抵抗なく口ずさめるようになると、不思議なくらい英語の練習が好きになるのです。」

筆者は小学生を教えたことはありませんが、むかし中学1年生に英語を教えたとき、第1学期の毎授業の初めに、英語の歌をみんなで楽しくうたうことを実践しました。それによって、ほとんど100%の生徒を英語好きにしたという経験を持っています。小学生や中学生を英語好きにする方法はこれだと、筆者は今も断言して憚りません。

(注)久埜百合監修、永井淳子・粕谷恭子著『うたって遊ぼう小学生の英語の歌』(小学館、2000年)この本はマザーグースを中心として、英語圏の子どもたちに歌いつがれてきた伝統的な歌を集めています。全部で28曲あり、楽譜と歌詞(訳付)と簡単な動作のイラスト、およびCDが付いています。英語の歌の本は他にもありますが、小学生向きのものとしては、本書は最良のものの一つです。その後続編(2)が出ています。