Archive for 8月 3rd, 2013

(155)参院選管見 松山薫

Author: 松山 薫

参院選管見 ④

④−(2)これからどうなる‐ミクロの視点 

 これからどうなるか?を予測する方法として、仮説検証法という方法がある。この方法では、まず現状を正確に把握して、分析し、それに基づいて仮説を立てる。その仮説が事態の推移の中で立証されるかどうかを、さらに情報を集めながら観察する。仮説が間違っていれば、その原因を追究し,さらに新しい仮説を立てて同じ作業を繰り返し真実に迫るという方法である。これはアメリカで発達した方法論で、殆どの企業が採用していると言われる。日本では、はじめにメリーズチョコレートが採用し、イトーヨーカドーは在庫管理や販売に利用しているという。茅ヶ崎方式英語会茅ケ崎校の代表をしている時に、私はこれを募集ビラの配布に活用した。茅ケ崎校の募集範囲は茅ケ崎市を中心に、隣接する藤沢、平塚の両市、それに寒川町で世帯数は25万程度であったが、配布できるビラは予算の関係上せいぜい3万枚くらいであったから、どこへ配布すれば最も多くの会員を獲得できるかは、経営上の最大の問題であった。1年2回、仮説検証を繰り返した結果、5年目にはほぼ、予測どおりの数字に達するようになり、経営を安定させることが出来た。いつまで寿命が続くか分からないが、次の国政選挙が予測される3年後へ向けて、自分なりに仮説検証を行なって行きたいと考えている。今回はその最初の資料・情報である。興味のある方は仮説検証をどうぞ。その過程で、政治や経済、外交の実態が見えてくるだろうと思います。

(1)政治の仮説と現実

巨大与党の誕生と弱小野党の分立で、いわゆる「ねじれ」が解消した。安倍政権は久しぶりの安定政権として、最短でも次の参議院選挙が行なわれる3年後までは存続するというのが現在の*仮説*である。いや3年後には衆参同日選挙で再び勝って、6年間はもつという仮説もある。

この仮説を裏付ける事実は、衆参両院での与野党の議席差だ。与党は、衆議院480)では(自民 294=61.5% 公明 31=6.5% 合計 322=68%)、また参議院(242)では(自民 115=47.5% 公明 20=8.3% 合計 35=55.8%)を占め、衆参両院でいわゆる「安定多数」(全ての委員会で委員長を出しても、委員の数で与党が野党と同数以上)を確保しているから、議事は思いのままに進む。そうなると結局情報が十分に国民に伝わらないまま、重要な決定がなされていく危険を排除できない。「ねじれの解消」が本当によかったのかどうか、慎重に見極めなければならない。

 ここまで書いてきたところで、麻生副総理兼財務相の”ナチス礼賛”とも受け取られかねない発言が飛び出した。本人は誤解されているとして発言を一部撤回したが、撤回ですむ問題ではない。

誤解されているなら説明責任を尽くし、それでも納得を得られなければ辞任すべきである。当然安倍首相の任命責任も問われる。与野党伯仲の国会ならそうなったであろうが、官房長官はこの重大発言を問題視せず、予算委員会の審議にものせずに決着だと言っているから、野党の批判は遠吠えに等しい。権力をチェックすべきメディアの一部も、巨大与党にビビッているのではないか。朝日新聞が麻生発言撤回を夕刊一面トップで報じた8月1日、NHKは午後7時のニュースと News Watch 9で、この問題には一言も触れず、ヒマネタまがいのニュースを長々と報じた。ロッキード事件の報道[2012−6−30]や従軍慰安婦番組をめぐる自主規制[2012−7−7]を思い起こすと、いびつな政治状況の中で由々しき事態が”粛々“と進行しているのではないかという疑心暗鬼が生ずる。

与党内では、自民党の独り勝ちで、公明党の立場も微妙になった。いわゆる”下駄の雪“(踏まれても踏まれてもくっつて行くしかない)にされかねない状況が生まれたのである。安倍首相や石破幹事長は、しきりに公明党に配慮した発言をしているが、政界再編の動きによっては、豹変するかもしれない。

 一方多党化の中では、一部の野党がキャスティングボートを握って与党を引き回すことが出来る場合がある。日本維新の党は、それを狙ったが、橋下共同代表の「慰安婦発言」などで失速し、安倍首相との近さを武器に、政権に影響を与えるという彼のもくろみは不発に終わった。橋下代表は辞めると言い出したが、党内こぞって慰留し、この3百代言的人物の他に人材がいないことを露呈した。また、野党再編のキーマンになりたいみんなの党は、議席数を伸ばしたものの、渡辺代表と江田幹事長の軋轢が表面化した。そのため、民主党や維新の会との今後の協力関係についての見通しが立たない。

共産党は、反自民の受け皿として議席をのばしたが、「民主集中制」の組織原則にこだわる限り、批判勢力としてはともかく、野党共闘の担い手になることはない。

哀れととどめたのは、民主党と社民党である。両党とも党の消長をあらわす比例区の政党名得票を大幅に減らした。民主党は最低ラインと言われた20議席にも届かず、党の顔である細野幹事長が辞任したが、党内は不協和音だらけで、政党としての体をなしていない。自民党脱党者から旧社会党議員までが混在するこの政党は、党名とは裏腹に”リベラル派”の結集とは程遠い寄り合い世帯で、鳩山、菅、野田、海江田と続いた党首は、理念的にも政策実行の面でも党をまとめられる器ではなかった。菅直人と小沢一郎が鳩山の後釜を争った時、私が「小沢の方がbetterだ」と指摘した[2010−9−10]のは、政界再編に道筋をつけ、次のリーダーが生まれるまでの中継ぎとしては、彼しかいないと考えたからだ。しかし今もって、次のリーダーが見当たらない。松下政経塾出身の政治家が未熟なことは指摘したが[2011−9−10]野田前首相、前原元外相、玄葉前外相ら6人衆も影が薄くなり、原発賛成派の大畠前経済産業相を幹事長に選んだ。政界再編の軸が原発と憲法だとすると、理念の一致しない政党や議員の野合的な組み合わせになることもありうるだろう。
社民党の福原瑞穂党首は、10年間理念を変えなかったが、理念を現実化する政策を構築できず、リーダーとしての統率力にも欠けており、政審会長の阿部和子や次期代表の有力候補だった辻元清美は去り、スキャンダルにまみれた又一幹事長が党の顔では、もはや末期症状を呈している。

 しかし、巨大化した自民党にも、それゆえの問題が出てきたようだ。そのひとつは派閥の復活だ。参議院議長候補をめぐって早速派閥争いが始まった。重要問題の行方が、与野党間の真剣な審議で決まるよりも、派閥間の力学で決まる恐れがある。ところで、自民党派閥には、町村派、額賀派、岸田派、麻生派、高村派、石原派、谷垣派それに石破幹事長のグループなどがあるが、これらの派閥の領袖は殆ど例外なく地方を地盤とする世襲議員である。町村派に属する安倍首相もまた典型的な地方出身の世襲議員だ。どうしてこういうことになるのか。それは彼らが、若くして先代の築いた強固な地盤、看板、カバンの恩恵で国会議員になり、悠々当選を重ねて、党の要職の階段を駆け上ることが出来るからだ。彼等は初めから、ハンディキャップレースを走っているようなものだ。その背後には地方と都会の有権者の1票の格差がある。

 カネと時間の無駄としか考えられない形式的な最高裁判所裁判官の国民審査制度荷は多くの国民が疑問を持っているだろう。○の数が投票数の一定の率に達しなかった裁判官は罷免するような制度に変えればもう少し緊張感が生まれるかもしれない。最高裁は、戦後一貫して「統治行為論」(高度に政治的な事案については立法府の判断にゆだねるべきだという理論)に隠れて国の将来にかかわる提訴につての判断を避けてきた。これで”憲法の番人”と言えるのか。近く下される一票の格差についての最高裁の判断で、鼎の軽重が問われることになる。

 同時に、各政党は * 議員定数の大幅な見直し * 区割りの抜本的見直し * 参議院への全国比例代表制の導入 * 世襲議員の先代の選挙区からの立候補を禁止する *参議院から衆議院への鞍替え制限 *参議院の議決では党議拘束をはずす *行政府に対するチェック機能を重視して参議院からは閣僚を出さない などの自浄作用を考えなければ、国民の議会政治に対する不信感、無関心は解消されないだろう。

 ワイマール憲法は第一次世界大戦の敗戦への真摯な反省の上にドイツで生まれた人権重視の憲法で、近代憲法のさきがけとみられているが、議会の機能不全に対する国民の不信、いらだちに乗じたヒトラーによって葬り去られた。他山の石としなければならいだろう。(M)