Archive for 8月 24th, 2013

(158)参院選管見 松山薫

Author: 松山 薫

検証 ④−4 これからどうなる−ミクロの視点  

< 暮らしはどうなる > 雇用・賃金・社会保障

 昨年末の衆院総選挙、先月の参院通常選挙で自民党が大勝したのは、暮らしが少しでもよくなって欲しいという多くの国民の切なる願いを、自民党が掬い取ったからだろう。NHKが今年の5月に実施した世論調査では、回答者の70%が将来の社会に不安を感じており、その反動として、自民党が選挙公約に掲げた「強い経済」の再生に期待をかけた有権者が多かったと考えられる。参院選直前の朝日新聞の調査によると、投票行動を決める時に重視する10の政策の内、「景気・雇用」を最も重視する有権者が76%と一番多く、「社会保障」が0%
でこれに続いていた。そして、比例区の投票先では自民党が53%と圧倒的に多かったのである。しかし、一方で、半数近くに上った棄権者には、どうせ変らないという醒めた気持ちがあったことも確かだと思う。

 アベノミックスの効果か景気循環のゆえか、景気が一部よくなっているのは確かなようだ。政府の月例報告や、日銀の景気判断は、政冶的な思惑が入ることもあるので、そのまま受け取るわけにはいかないが、4~6月期の上場企業の営業利益は前年同期比で33%も上回った。また6月の失業率は、3.9%と、およそ5年ぶりに3%台に下がった。消費も株高で利益を上げた一部の人達の高額商品の購入や、消費税増税前の住宅の駆け込み需要などで上向いている。こうした傾向を反映して、GDPは3期連続してプラスとなった。しかし、4~6月期の実質成長率年率にして2.6%upは1~3月期をかなり下回る数字で、市場は反応しなかった。特に雇用につながる企業の設備投資はマイナス0.1%で、景気がこのまま上向くのか失速するのか微妙な時期にさしかかっているようだ。アベノミックスの引き金となった株価の上昇と円安も日銀の異次元の金融緩和が始まった頃の水準にもどリ、不安定な動きを続けている。今後の成り行きは、アメリカの金融緩和策が何時、どのような形で終るかにかかっているようだ。

 このため、消費税法に基づいて10月には決断しなければならない消費税増税の取り扱いが安倍政権にとって難しい課題になってきた。政権や与党内部でも意見が分かれている。産経新聞は「政権の命運をかけて論議がこれから始まる」と伝えた。安倍首相の胸中には、前回(1997年)橋本内閣が消費税を3%から5%に引き上げ景気が腰折れしてデフレに突入、翌年の参議院選挙で惨敗して退陣に追い込まれた悪夢が去来しているのではないか。自信がないのか、それとも民意を聞いたという目くらましのためか、これから59人のいわゆる有識者や消費者代表、地域代表らの意見を聞いて決めるという。消費税の増税が景気に及ぼす影響が論点だろうが、何年か前の自民党政権時代のように、景気がよくなっても庶民の暮らしがよくならなければ、意味がないと私は思う。そこで私は、これらの議論を聞いて是非を判断する際、私の判断基準となる、それによって“trickle‐downは起きるのかどうか”について、3点を提起しておきたい。

(1) 雇用: 安心して長く働ける職場は確保されるのか?

 7月末から8月にかけて、NHKが放送した「七つの会議」という連続ドラマがあった。視力の心配をしながらも結局4回シリーズを全部見てしまった。日本の企業社会の闇に鋭く迫る異色のドラマだった。同業他社との競争に生き残るための無理な価格の引き下げ、大企業から子会社、下請け、孫受けへと転嫁されていく安値受注と苛酷な条件に苦しむ末端の人達、その結果起きる不良品による社会的な危険とそれを隠蔽しようとする幹部、告発しようとしながらも家族の生活や同僚からの孤立を怖れて悩む社員。そこでのkey wordは、「家族が路頭に迷うぞ」「お前の独りよがりの正義感とやらで、会社をつぶして同僚や家族を路頭に迷わせてもいいのか」という常套的脅し文句だった。

 企業社会のこの国では、失業は“マクド難民”やホームレスの道へつながりかねないから、生活するためにはとにかくどこかに雇用されなければならない。家族を抱えての失業体験のある私には、雇用不安の切実さは身に沁みてよくわかる.〔2012−3−24〕

 平成22年に行なわれた直近の国勢調査に基づく厚労省の統計によると日本の雇用労働者は5154万人で、生産人口(15~65歳)の64%に当たる。生産人口には完全失業者(250万)や半失業の人、専業主婦や就学中の者もいるから、この数字は、日本が典型的なサラリーマン社会であることを改めて示している。また、最近の総務省の調査によると、昨年、非正規労働者が初めて2000万人を上回り、雇用者全体に占める割合も40%に迫っている。年齢別では55歳以上の6割近くが非正規雇用であった。働く人達にとって安定した職業につくことはますます難しくなっているのが現情である。

 その最大の原因は企業の国際化 ある。企業が資本主義社会の競争で生き残るには① 製品(サービス)の価格を他より安くする ② 同じ様な製品なら、よりuserのneedsに合致したものを提供する ③ innovationによって、新しい価値を生み出したり、独自の製品を作る のいづれかしかない。しかし、① はアジア諸国に比べて賃金の高い日本では、不可能に近いし、労働生産性の向上にも限度がある。そこへ円安による輸入原材料の高値が追い討ちをかける。そこで、企業の海外移転が進み。今や日本の製造業従事者は、ピーク時から600万人も減り、昨年末ついに1000万人を割り込んだ。② についても液晶TVやスマホを含む携帯端末に見られるように、消費者のneedsに合わなかったり、ガラパゴス化した日本製品は韓国や台湾、中国の企業に遅れをとり、大手の電器関係企業が大量の人員整理を始めた。人減らしのための”追い出し部屋 ”が問題になっている。厚労省は、パナソニック、シャープ、ソニー、NECそれに朝日生命の5社について実情の調査に乗り出した。

 そこで、安倍政権は手っ取り早い雇用政策の目玉として、公共事業を復活させた。200兆円をばら撒くという。確かに田中角栄の無謀な「日本列島改造論」で日本は土建国家となり、土建業が失業の受け皿になっていたことがある。しかし、それは財政危機の原因にもなった。前車の轍を踏む恐れはないのか。 一方で、世界最高レベルの長寿国日本では、医療・介護などの分野で人不足がみられるが、低賃金や仕事の内容への適不適から、雇用の受け皿にはなっていない。このため、安倍政権の成長戦略では、③の技術革新による成長産業の育成に重点を置いているわけだが、これは容易なことではない。innovationの代表格に祭り上げられているiPs細胞の活用や遺伝子治療にしても、臨床実験がようやく始まろうというところで、うまくいっても実用化には長い時間がかかる。

 こうした中で、今年の4月から、65歳までは、希望者全員を雇用しなければならない制度が発足した。年金の支給開始年齢が段階的に引きあげられ、年金受給までの“つなぎ”が必要だから当然の措置だが、若い人達の就業機会を奪うことにつながりかねない。大学生の就職活動は、いまや、入学直後から生活を就職にあわせる”全身就活“が必要になったという指摘もある。就活をあきらめ、大学院へ進んで博士号をとっても、40%は安定した職業につけない事態になっている。
 
 このような八方塞りの中で浮上したのが、産業構造の変化に対応するという名目での雇用の“流動化”である。そのためにまず、流動化の最大の障害である解雇の乱用を防ぐ「労働契約法16条」の改正や解雇自由の原則の採用が、いわゆる有識者会議などの議題に上っている。金銭による解雇について、安倍首相は国会でこれを否定しているが、実際にはすでに行なわれている。さらに、解雇がしにくい正社員については、限定正社員という制度を設けるという案が議論されている。また、派遣労働の規制を大幅に緩和して原則自由にすることも検討されている。

 こうして、産業構造の変化への対応という名分の下に、企業サイドの都合で解雇できる制度の導入が進んでいくだろう。そこには、当事者である労使の間での解決という本来の姿ははない。これに対応すべき労働組合の力が余りにも弱いからである。それは、日本の労働組合が企業内組合、つまり御用組合であるからだ。韓国では、労働組合の産業別組織化の動きがあるが、電気事業連合会と一緒になって原発を推進してきた電気労蓮の出身者が、連合の会長ではどうにもならないだろう。こうした雇用環境の中で、雇用者は将棋のコマのように使いまわされた挙句放り出されるような事態が生ずるのではないか、安定して長くはたらける場所を見つけることは、ますます難しくなっていくのではないか。朝日新聞が伝えるところによると、この5年間、雇用不安による”心の病“で医療機関を受診したサラリーマンが大幅に増えていると言う。

 ところで、ここまで書いてきた時、冒頭に述べたNHKドラマを地で行くような事件が起きた。漫画などを出版している東京の秋田書店の事件である。懸賞商品の当選者数を組織ぐるみで誤魔化していたこの会社は、内部告発した景品担当の女性社員を解雇していた。この社員は、不正を上司に訴えたが「会社にいたかったら、「つまり、路頭に迷いたくなかったら」黙って仕事をしろ」と言われ、病気休職中に解雇されたという。これに対し、会社側は、景品を詐取したのはこの社員だとして提訴する。これはまさに「人権裁判」であるから、双方妥協せず、和解ではなく、法廷で決着をつけてもらいたい。(M)

* 雇用者 本来はemployer のことだと思うが、日本の役所はemployeeの意味に使っている。