Archive for 7月 19th, 2016

小・中・高の新学習指導要領の作成が目下進行中です。今年度中に公示され、東京オリンピックが開催される2020年度から、順次実施されることになっています。そのことに関して先日の朝日新聞に、「英語語彙4000~5000語に」という見出しの記事が載っていました。それによると、6月20日の中央教育審議会において、高校卒業までに指導する英語の語彙数を現在の3,000語程度から4,000~5,000語程度に増やすことが決まったそうです。その内訳は、小学校で600~700語、中学では1,600~1,800語、高校では1,800~2,500語ということです。ほかにも高校英語の科目についていくつか書いてありましたが、ここでは英語語彙の問題に限って、(1)学校における指導語彙数を国で定めることの意味、(2)実際の指導において語彙をどのように扱うべきか、の2点から考えてみたいと思います。英語教育において、指導語彙数の問題は避けては通れません。

語彙数の問題が中央教育審議会においてどのように議論されたのかは不明です。新聞報道によると、その決定には中国や韓国など海外の状況も参考にしたとありますから、それらの国の英語教育の実態を調査し、そのデータを参考にしたと思われます。そのこと自体は悪いことではありませんが、どんなデータが使われたのかは私たちも知りたいところです。そこで文科省のホームページから「韓国の英語教育」を探し出し、それを読んでみました。噂では韓国の進学競争は激烈を極めていて、日本よりもはるかに深刻な状況だということです。そのあまりの激しさに、父母や教育関係者から改善の要望が強く出されているとも聞いています。しかし、文科省にファイルされている韓国の英語教育に関する報告書では、そういう面はまったく見えません。学校における教育はもっと穏やかで、児童や生徒の学びを大切にする姿勢が前面に出ていています。日本の学習指導要領のように、いかにも公文書だという、冷たい感じはしません。

韓国で2001年に開始された「第7次教育課程」によると、英語の語彙数に関しては次のようになっています。

初等学校第3~6学年:4年間で450語以内

中等学校第7~9学年:3年間で800語

高等学校第10学年:450語(第11、12学年で英語は選択教科)

上の語彙数を同国の「第6次教育課程」(1997年)と比較すると、中学校3年間での語彙数が1,050語から800語に減っています。ただし、小学校での履修分を加えると、小・中学校全体では増加しています。高校では第11、12学年で選択教科となったため比較ができませんが、第10学年の語彙数が450語と少なめになっていることが注目されます。このデータから、韓国の教育が21世紀に入って従来の詰め込み主義教育から脱しようとしている様子がうかがえます。

これに対して日本の文科省は「脱ゆとり」を掲げ、かつての「詰め込み教育」への復帰を目指しているようです。語彙に関しては、指導内容を1977年度に始まった「ゆとり教育」以前のレベルに戻そうとしていることは明らかです。筆者の推測では、文科省が韓国(および中国)の英語教育を参考にしたのは、小学校における英語教育の実態でした。その中で特に、小学校でも指導すべき語彙数を指定することができるというアイディアは魅力的でした。ここで600~700語を確保できれば、かつての4000~5000語レベルを高校卒業までに確保することが可能だと計算したのでしょう。語彙数のような、指導内容の細かな点では中教審の委員たちはよく分かりませんので、審議会の承認を得ることは容易です。こうして文科省は、「英語が使える日本人」の育成を旗印にして、実質的な「詰め込み教育」の再生を図っていると考えられます。

さてここで、学習指導要領に語彙数を指定することの意味について考えてみましょう。どういう理由で、文科省は小・中・高における語彙数を指定するのでしょうか。そしてそれは、教育現場にとってどんな意味があるのでしょうか。

学習指導要領で語彙数を指定する理由として第一に考えられるのは、学習者の負担を軽減することです。どの言語でも、ほとんどの語は本質的に恣意的な記号ですから、学習者はそれぞれの語をただ記憶するしかありません。記憶するには個人の所有する心的エネルギーの代価を払う必要があります。それはなかなか大変なことです。特に英語学習初期の子どもたちは、次々に新しい語を記憶しなければならない状況ではパニックに陥りますから、与えられる語はできるだけ少なくして、記憶の負担を軽減する必要があります。その点である程度の語彙制限は正当なものだと言えます。

次に、語彙数を制限するのは入試問題作成のためだという議論を取り上げます。語彙制限がないと、入試問題の作成が困難になるという問題です。中学校の入試に関しては、小学校英語教育の多様な現状から見て、中学入試に英語を課すのは著しく公平性を欠くことになります。これは極力阻止すべきだという主張は正当なものです。しかし高校入試では、これは深刻な問題になっています。公立高校入試のペーパーテストでは、問題作成者はその地区の中学校で使われている英語教科書に出現する語彙をすべて調査し、それに基づいて受験者に不公平にならないような配慮をしています。これは正しいあり方です。しかし私立高校の多くは、入試問題の作成にそんな面倒な手間はかけません。したがって、有名私立高校への入学志望者は特別な受験勉強を必要とします。この問題を何とかしようとすれば、高校入試から英語テストを排除するしかありません。

大学入試に関しては文科省でも現在そのあり方を検討しており、どのような改革がなされるかが注目されています。英語の入試問題には語彙の問題だけではなく、解決しなければならないいろいろな難問が控えています。簡単に結論が出せるとは思えません。無理をして決めればすぐに綻びが出ます。選択肢の一つとして、問題作成を各大学の良識に任せ、全国の大学入試問題を審査する公的機関を設けてそこで審査した結果を公表するというのはどうでしょうか。

もう一つ、学習指導要領の語彙数指定によって直接的に影響を受けるのは検定教科書です。規定の語彙数を守らないと検定が通らないからです。これも難しい問題を含みます。現行の中学校学習指導要領では、中学3年間に指導する語彙数は「1,200語程度」となっています。小学校には語彙についての指定がないので、中学校の検定教科書は1,200語程度の語数に収めなければなりません。これはなかなか窮屈な制限です。ところが次の学習指導要領では、小学校で600~700語を教え、その上に中学校で1,600~1,800語を上積みするとなると、合計2,200~2,500語が使えることになります。これで中学校の検定教科書は、現在よりもずっと自由度が高くなるでしょう。しかし反面、語彙数が約2倍に増大することになるので、学習者の負担がそれだけ増え、学校での指導がたいそう難しくなることが予想されます。これは現場にとって実に大きな問題となります。指導語彙数の増加は、これからの英語教育を考えるうえで、早急に解決を必要とする現実的問題を提起しています。(次回につづく)