Archive for 7月 30th, 2016

< 統計数字の裏に見えるもの ⑨ 労働組合組織率 >

 調査とか統計の数字は、前提条件に問題のあるものも多いから、そのまま信ずるわけにはいかないが、社会の動きを知る上で欠かせないものの一つではある。今回は労働組合の組織率をとり上げたい。

1.日本の労働組合の組織率 : 17.5 % (2014年 厚生労働省調査)

2.組織率の変化 : 55.8 %(1948年)→ 33.2%(1957年)→ 20% (2002年)

3.労働組合数 : 25279  組織労働者数 985万人

4.ナショナルセンター : 日本労働組合総連合会 (連合) 671万人
                  全国労働組合総連合 (全労連) 58万人
                  全国労働組合連絡協議会(全労協)10万5千人

5.国際比較 :OECD加盟34か国の労組組織率の平均は20%弱。組織率の高   いのは北欧諸国で60%から80%超。低いのはフランス、韓国、アメリカで10%   前後

日本の労働人口に占める労働組合員の割合(組織率)は、戦後の昂揚期には50%を超えていたが、年々衰退して、ついに先進国の平均である20%を割り込み、17%の半ばまで低落した。

組織率低落の原因は、産業構造の変化などもあろうが、最大の原因は労働者が安くはない組合費を払ってまで労働組合に加入する意味を見いだせなくなったからだろうと私は考えている。特に労働組合の最大の任務である生活保障、賃金引き上げが、政・労・使交渉とは名ばかりで、政府と経団連との話し合いで決まるようになっては、もはや、労働組合の存在意義そのものが問われていると私は思う。本来、賃金を含む労働条件は、労使が対等の立場で話し合って決めるべきものだ。そのために、労働3法では、労働者の団結権や団体交渉権そして争議権を保障しているのである。それは、憲法28条に基づき、個人としては弱い立場の労働者を団結の力で守るための保障措置である。労使交渉は儀式ではない。

労働組合に賃金交渉力がないことは、当然労働分配率(企業の儲けのうちの労働者の取り分)の低下をもたらす。新興国の賃金上昇によって、OECD諸国の労働分配率は軒並み低下しているし、分配の内容も一律には計算できないにしても、日本のようにこの30年間で20%も下がったのは異常である。
その分、経営側の取り分が増大し、内部留保金は今や、国家予算の3.5倍の360兆円に達している。

これが実質賃金の低下をもたらしているし、くわえて物価の値上がりが、労働者世帯の家計を苦しくしている。政府・日銀は年2%の物価上昇がなかなか達成されずデフレから脱却できないとしているが、それは生活者の実感からかけ離れている。物価統計に上昇がみられないのは、季節変動が大きいとして、生鮮食料品を除外しているからだ。エンゲル係数(生活費に占める食糧費の割合)の異常な上昇がそれを証明している。エンゲル係数は消費税の導入で急上昇し、常時25%を超えるようになった。さらに、統計に表れない値上がりもある。私は週に2~3回はスーパーに買い物に出かけるが、好物のチーズパンなどは、数年前の3分の2に縮んだ。実質30%以上の値上げである。かくして、低賃金労働者の家計は破たんに近づき、QOLは極端に悪化していく。 憲法で保障された”健康で文化的な生活“などはどこの国の話かということになる。
 
低賃金労働者の多くは、賃金が正規労働者の60%しかない非正規労働者である。非正規労働者は年々増え続け、ついに2000万人を超え、2016万人に達している。最大のナショナルセンターである連合が、非正規労働者に目を向け始めたのはつい最近のことで、差別的な賃金や労働条件の改善には冷淡であった。差別労働については政府も同断である。国際労働機関(ILO)の最重要条約である「雇用と職業に関する差別待遇の禁止」を定めた111号条約を未だに批准していない。加盟国185国のうち未批准は13か国しかない。

日本に本格的な労働運動が根付かない原因の一つは、日本の労働組合が企業内組合( company union 企業内組合、御用組合の両義)であるからだ。企業内の力関係から労働組合の企業への癒着、従属が生まれ、御用組合化していく。その点が、職能別組合から産業別組織へ発展した西欧の労働組合との違いだ。従って、労働組合と企業の間で結ばれる労働協約は、企業内でしか効力が無く、西欧のように同一職種の労働者への波及効果が小さい。企業内のタテの関係が、労働者のヨコの連帯に優先してしまうのである。労働者の多くが、横の連帯による労働組合の力で賃金などの労働条件の向上を図るより、縦社会企業の中で早く管理職になって企業内で出世しようと競争する。企業は一括採用という日本独特のリクルート方式を、同期入社社員の競争という形で労務管理のテコにしている。NHK労組(日本放送労働組合=日放労)では、かって、組合員管理職という得体のしれないものを容認した。そうしないと、組織がもたないというのが執行部の見解であった。

ところで、安倍政権は、政治主導で2019年度を目途に、同一労働同一賃金を実現したいとしている。しかし、現在の日本の労働状況から見て、本来の意味の「同一労働同一賃金」を実現することは出来ないだろう。経団連は早速、「欧米型の同一労働同一賃金の導入は困難」であるとして、日本型の労働慣行を反映するよう提言した。これによると「日本は企業別の労組が中心で、同じ企業の中でも様々な賃金制度があり、仕事の内容によって賃金を揃えるのは難しいから、仕事の中身だけでなく、個人の役割や貢献度等を企業が総合的に判断して、同一労働と評価される場合には同じ賃金を払うことを原則とする」よう求めている。政府・経団連の蜜月関係を考えれば、こういう方向へ進むことは容易に想像できる。

これでは今までと何も変わらない。羊頭狗肉の内容が[同一労働・同一賃金]という美名のもとで定着すれば、日本の労働運動はさらに大きな打撃を受けかねない。欧米型の産業別労組への脱皮と、それによる労働者の企業間の移動の自由が確保されてこそ、同一労働同一賃金は機能するし、労働者の人権を守ることができるのである。

私はおよそ20年間労働組合の末端役員として労使交渉に関わったが、その時の指針は、「労働組合を持たない労働者は、本質的には奴隷と変わらない」という労働法学者・藤田若雄・元東大教授の信念と海運労使の賃金交渉を取材中に知り合った全日本海員組合・中地熊造組合長の「労働者に満足な賃金を支払えない企業は社会的に存在する意味がない」という言葉だった。

そういう立場から、現状を見ると、まさに「情けない」の一語に尽きる。いわゆるブラック企業の横行は、「本質的には奴隷状態」の労働者を作りだし、「まともな賃金を払わない、あるいは払えない企業」によって、30代になっても結婚できない、子供を産めない多数の国民が生み出されている。同じ生産ラインで働く仲間の賃金が4割も低いことに無関心な職場に連帯意識が生まれるはずはない。差別による連帯感の欠如は、ルサンチマンを呼び起こし、それはやがて、イギリスやアメリカに見るような社会の分断を招くことになるかもしれない。

キリスト者であった藤田若雄が言うように、労働組合が「誓約者集団」であることは現実には難しいが、せめて組合指導者には労組の使命に対する信念を持ち、信念に従って行動してほしいと思う。少なくとも役員である間は、労働組合を出世の踏み台にするようなことはやめなければならない。しかし現実にはそれも難しいようだ。山崎豊子の大ベストセラー「沈まぬ太陽」は、日本航空をモデルに、労働組合の現実を描き出している。

この小説は、労働組合の委員長として信念を貫いた人物と、労働組合を踏み台として出世しかつての仲間の物語を縦軸として展開するが、その中で取り上げられている問題のひとつは、労働組合には企業経営の不正をチェックする機能があるということだ。枚挙にいとまがないほど次々に明らかになる大企業の反社会的行為を見れば、社外取締り役などは全く役立っていないのは明らかで、現場を知る労働者の代表である組合こそが、不正防止に関与しなけばなならい。或る調査では、社員の3人に1人が現場で企業経営の不正を見聞きしているが、それを告発できない。告発しても企業の報復措置から労働組合が社員を守ってくれるとは期待されてないからである。むしろ労使一体の企業防衛意識の下で異端者とみなされ、はじき出される危険さえある。労働組合が事前に企業経営の不正に警告することは、結果的に企業を救うことになり、不正発覚による大リストラによって社員が職を失うことも防ぐことになるのである。

日放労は、かつて、報道機関の労働組合としてNHK経営と厳しく対立したことがあった。田中角栄がはじめて閣僚(郵政相・NHKの監督官庁の長)になった時の小野吉郎事務次官がNHK会長に天下った時のことである。小野氏は有能な人物でNHKの改革にも卓見を持っているという人もいたが、それとこれとは別の次元の話であって、原則的に許されるべきではないというのが日放労の立場であった。リクルート事件で刑事被告人となった田中前首相の私邸を小野会長が公用車で見舞いに訪れたことをきっかけに、日放労は小野会長の辞任を求める全国署名運動を展開した。私も、夜中まで湘南海岸の団地を署名集めに走り回った。署名者は1週間で200万人に達し、小野会長は辞任した。国民の目となり、耳となり、口となるべき公共放送の労働組合として、権力の介入、支配に反対することは当然だったと私は思っているが、これが、やがて政府・与党幹部と結びついた政治部記者上がりの会長らによる日放労つぶしにつながっていった。日放労は弱体化し、政権の意を受けた資質に欠ける会長の下で、NHKは今、政府広報局への道を歩んでいるように見える。旧日本放送協会が、政府の宣伝機関となった戦前・戦中の歴史をくり返してはならない。

労組の組織率が衰退の一途をたどっているのは労働者にとって不幸であるし、国民の大多数を占める(被)雇用者の不幸は、この国の社会全体の不幸にもつながると私は思う。労働組合の存在と運動が、原点に返り、働く者が幸せになる社会を創る原動力になる日が来ることを願っている。(M)

* 次回は< 統計数字の裏に見えるもの ⑩ 幸せの指数 >を 8月27日(土)に投稿する予定です。