Archive for 12月 2nd, 2011

学習意欲の心理学(6)

Author: 土屋澄男

これまでに述べたことを簡単にまとめると次のようです。自主学習を行なうためには、学習者は第一に自分の目標を定め、どんなテキストを選んでどのように学習を進めるかをしっかりと考えること、第二にテキストで学んだ英語を自分のものとするために、学んだ英語をあらゆる機会をとらえて使ってみること、第三に自分の学習プロセスを記録し、自分が行なっていることが正しい方向に向かっているかどうかをチェックすること、第四に外部テストなどを利用して、自分が行なった学習の効果を客観的に評価すること。これらはどれも自律的学習者として成長するために必要な事柄です。

 さて、そのような自律的学習者がのぞましい学習者であるとするならば、私たちは学習に費やすエネルギーをどのようにして確保することができるでしょうか。日本では、英語学習を始める人は多いが、それを最後までやり遂げる人は少ないと言われています。なぜ途中で脱落する人が多いのでしょうか。彼らは努力が足りないからだ、根気がないからだ、怠け者だからだ、才能がないからだ、などとよく言われますが、それで説明ができているとは思えません。その背後に、なにかその人の思考や感情や行動を支配しているものが存在しているように思えます。心理学は古くからそれが「意志」の働きに関係することに気づいていましたが、その意志の働きを発動させるものが自己イメージと関係のあることが最近わかってきました。

 私たちはみな自己イメージというものを持っています。自己とは、私は私であって、私の考えること、感じること、行なうことのすべては私のものだという意識です。自己は私たちにとって決して周辺的な事象ではなく、思考、感情、行動、人間関係を制御し統卒するのに中心的な働きをするものです。また、人は社会的な存在ですから自己を意識します。自分はどういう人間か、他人は自分をどう見ているかという意識は、たぶん人に特有のものです。そしてそれは成長と共に自己イメージとして発展し、必ずしも明確な形ではなくても、自分はこういう特徴を持ったこういう人間だというイメージが出来上がってきます。

 学習意欲の観点から、自己は「理想の自己」(ideal self)と「可能な自己」(possible self)とに分けられます。前者は「自分がぜひなりたいと思っている自己」です。自分が将来そういう人間になれるかどうかはわかっていません。それがただの願望や夢にすぎないこともあります。後者は「自分がなれるだろうと思っている自己」です。理想の自己もただの願望ではなく、自分もなれると信じていれば、それは可能な自己でもあります。しかし多くの場合、理想の自己と可能な自己とは一致していません。理想の自己は遥かかなたの目標であって、自己の現実から割り出して「自分はこうあるべきだ」という自己イメージを描き出し、それに向かって努力するという形を取ります。たとえば、一冊のテキストを自分のものにするというような比較的に短期間の集中と努力を必要とする学習では、この「あるべき自己」のイメージが役立ちます。あるいは、英検2級や3級に合格するという目標を立てて、それに向かって集中的に学習するという場合にも、この「あるべき自己」のイメージが学習の原動力になるでしょう。その場合に、テストに失敗するというマイナスのイメージを同時に持つことがあります。それは常にある種の恐怖感を人に抱かせ、「あるべき自己」に対立する否定的なイメージを呼び起こします。こうして正と負のイメージが重なりあって、より大きなエネルギーを自己に供給することになります。そうしていうるうちに、学ぶこと自体に楽しみを見出すと、学習意欲は本当の内発的なものへと転化するわけです。

 しかし長期的に見ると、個人の意欲の供給源になっているのは、多くの場合「理想の自己」のイメージであるように思われます。新渡戸稲造は東大の面接試験で、「私は太平洋の架け橋になりたい」という理想を述べたと言われていますが、彼はおそらく生涯その夢を持ち続け、それを実現しようと努力したのでしょう。また野口英世は20歳のとき、「実家の床柱に『志を得ざれば、再び此地を踏まず』と刻みつけ、医術開業試験を受けるために上京した」(斎藤兆史『英語達人列伝』中公新書)とありますが、これは、彼が若い時から「あるべき自己」と「あるべきでない自己」によって相互補完された鮮明な自己イメージを持っていたことを表していると考えられます。長期間にわたって英語学習を持続するためには、学習者は人生のいずれかの時点で、国際社会とつながる場面で力を発揮できる自己をイメージすることが大切なようです。そうだとすれば、そのような自己イメージをどのようにして創り出すことができるかが私たちの次の関心事です。(To be continued.)