Archive for 12月 19th, 2011

学習意欲の心理学(9)

Author: 土屋澄男

イメージ・トレーニング(またはメンタル・トレーニング)は、効果のある練習法として現代のスポーツ選手に広く認められていますが、英語学習者にとっても、特にプレゼンテーションやスピーチなどのパフォーマンス向上のために、大いに利用すべきテクニックです。パフォーマンスにはプレゼンテーションやスピーチのような発表活動だけでなく、相手の話を聴いてそれに適切に反応する場合に必要な理解活動も含まれます。ですから、ある事柄について誰かと意見を交換するというような対話や議論などの活動も、イメージ・トレーニングの対象になるでしょう。その場合は、対話する人のイメージを呼び起こし、その人がどんなことに関心があり、どのような意見を持っているかを予想し、それを自分の意見と比較しながら議論の進め方を考え、そのプロセスをイメージ化することができます。もちろん実際の対話場面では予想通りには進まないでしょうが、およその進行を心にイメージしておくことによって、不測の事態にも落ち着いて対処できるものです。

 イメージ・トレーニングの話がここまで進むと、私たちはすでに英語学習の基礎レベルを超えて、中級のレベルに入っています。ここで中級レベルの英語学習についてふれておくことにしましょう。筆者はこのトピックの最初のほうで、カナダ・オンタリオ州のフランス語授業計画について述べたことがあります。そこでの中級レベルと呼ばれている学習段階を見てみましょう。まず、このレベルの到達目標は次のようです。(ア)時々辞書を引くだけで、関心のある分野の新聞記事や文献が読めること、(イ)関心のあるラジオ・テレビのニュースや番組が理解できること、(ウ)会話に適切に参加できること、(エ)フランス語系社会の文化・習慣・経済・諸制度などについて適切な情報を得ていること、(オ)フランス語系社会に2~3ケ月も居住すれば、そこで通常な言語生活が営めること(伊東克己著『カナダのバイリンガル教育』渓水社による)。

 上記のオンタリオ州でのフランス語到達目標のうち(ア)~(ウ)については、そのまま日本の英語学習者の中級レベル到達目標に当てはまるように思います。つまり、学習者に関心のある分野について、時々辞書を引くだけで新聞記事や文献が読め、その分野に関係するラジオ・テレビのニュースが理解でき、会話にも参加できる、というわけです。オンタリオ州ではこのレベルを中等学校修了時までに到達できるような選択コースが用意されています。しかし日本では基礎レベルを終えるのに高校修了時までかかりますので、中級レベルの英語学習は大学の4年間をかけて行なうことになります。ここでしっかりとした学習ができるかどうかで、将来英語が実際に使えるようになるかどうかが決まります。その機会を逃すと、高校までに学習した基礎レベルの英語知識が冬眠状態に入り、後で再学習に入ったときに忘却したものを回復するために多大の余分なエネルギーを費やすことになります。このことについての認識が多くの大学生や一部の英語教員に欠けているのは、非常に残念なことです。

 そこで、大学での中級レベルの英語学習の目標を達成するためには、どれくらいの時間を確保したらよいでしょうか。オンタリオ州のフランス語授業基準表では、このレベルに到達するのに設定されている授業時数は、小学校第4学年から中等学校修了時までの10年間で、延べ2160時間です。そのうち基礎レベルに1200時間が費やされることになっていますので、中級レベルの達成にはさらに約1000時間が確保されなければなりません。日本の大学における英語授業数は大学設置基準の改訂(平成10年)により、大学で取得すべき外国語の単位数は大学ごと決められています。英語専攻の学部・学科やコースを除くと、外国語は第1年次と第2年次で週90分の演習が2コマというのが標準的です。すると、大学での英語の授業はせいぜい240時間くらいにしかなりません。残りの760時間は自主学習で埋めなくてはならないことになります。

 現状では、自主学習をしない大学生の卒業時における英語力は、高校修了時とあまり変わらないことになります。いつか東大の英語の先生が「東大生の多くは入学時の英語学力のほうが卒業時よりも高い」と言って世間を驚かせましたが、これはたぶん真実ではないかと思われます。こうして一流と言われる大学の卒業生でも、その英語力はせいぜい高校卒業程度、つまり基礎レベルの目標に到達したかどうかという程度と推定されます。ここから出てくる結論は簡単です。大学卒業時までに中級レベルの英語をしっかりと身につけたいと思う人は、大学4年間で760時間またはそれ以上の自主学習を行なわなければならないということです。この目標を達成するには、大学在学中にそれだけの英語学習時間を自分で生み出すことが必要なのです。(To be continued.)