Archive for 12月 14th, 2011

学習意欲の心理学(8)

Author: 土屋澄男

前回は、何かをしようという人間の意欲と想像力の関係について述べました。そのポイントの一つは、自己についてのイメージづくりが、「あるべき自己」を実現するパワーになるということでした。このことに関連して、特にスポーツ心理学の分野で「イメージ・トレーニング」と呼ばれる練習法がさかんに研究され、広く応用されています。(これに類似した用語に「メンタルトレーニング」というのがありますが、これはイメージ・トレーニングを含む広義の心理的トレーニング法をいいます。)

 イメージ・トレーニングは、現在、ほとんどあらゆる種類のスポーツに応用されています。これは、スポーツ選手が心の中に自分の「あるべき姿」をイメージし、実際の演技がそれに近づくようにトレーニングを行なう方法です。たとえば、「100メートル走」の選手が自分の走りをヴィデオに撮るなどして分析し、どこに欠陥があるかを見出し、それをどのように修正したらより効率的な走りができるかを考え、それを頭の中にイメージし、目をつむってもそのイメージが脳裏に浮かぶようにします。分析に際しては、より客観的な評価をするために、コーチや他の人からの助言を得ることも大切です。そういうイメージづくりを充分に行なった後に、実際に走ってみます。そして自分の体がイメージ通りに実行できるまで繰り返しリハーサルをします。「体操」や「フィギャースケート」などの高度な個人技には、このようなトレーニンが必要不可欠なことは容易に理解できるでしょう。最近は個人技を競うスポーツだけではなく、サッカーやベースボールなどの団体スポーツにも、個々の選手の技能向上にこの練習技術が広く応用されています。

 イメージ・トレーニングを私たちの英語学習に応用することはできないでしょうか。もちろん可能です。実際にそのようなトレーニングを行なって効果をあげているという報告があります。まず記憶ストラテジー(方略)として、語句や文などをイメージ化して記憶する方法が知られています。つまり、語句や文を記憶するときに、それと意味的に(または形式的に)関連のあるイメージと組み合わせて記憶するわけです。たとえば、次の(a)と(b)の文はどちらが記憶しやすいでしょうか。

(a) The jeans were made by a tailor. (b) The jeans were made by a machine.

おそらく、多くの人にとっては (a) のほうが記憶しやすいでしょう。その理由は、仕立屋さんがジーンズを作っているシーンはイメージしやすいが、機械がジーンズを作っているシーンはイメージしにくいからです。このように、語句や文や文章を視覚的なイメージ(または聴覚などの他の感覚によるイメージ)を心に思い描いて、そのイメージと結びつけて記憶すると保存しやすいということがあります。これはイメージ・トレーニングの記憶面への応用の一例です。

 さらに、学習意欲に関してはこちらの方がずっと重要と思われますが、自分の目標としている「あるべき自己」のパフォーマンス(演技)をイメージし、それを自分の現時点で到達しているパフォーマンスと比較し、どこを修正したらあるべき演技に近づくことができるかを考えます。このイメージ・トレーニングは非常に重要です。たとえばクラスで、英語でプレゼンテーション(またはスピーチ)をする場合を考えてみましょう。まずそのための準備をしますが、たいていは原稿を作ることから始めます。しかし、出来上がった原稿を暗記するようなことはしないほうがよろしい。なぜなら、暗記しようとすると、原稿通りに間違いなく話すことに注意が向いてしまって、自然さが失われます。そして途中で間違えると、必ずと言ってよいほど混乱に陥ります。そこで、出来上がった原稿は机の上に置き、目の前に聴衆がいることを想像して、その人たちに向かって話すように練習するのです。その場合リハーサルをヴィデオに撮って、自分の現在のパフォーマンスを客観的に分析することが大切です。ここがまずいから、このように修正しようという点をいくつかメモし、その部分を一つずつ意識的に修正しながらリハーサルを繰り返します。そのようにして自分のあるべき姿をイメージすることができ、ある程度の自信が生まれてくれば、リハーサルは終了します。そして本番に臨むわけです。

 このように、イメージ・トレーニングの神髄は、現実の自己とあるべき自己との間のギャップを埋めることにあります。そのギャップがあまりにも大きすぎると、学習者は自信を失って絶望的になります。その成否は、学習者がそのギャップをなんとかして埋めたいという意欲と、何とかするという信念の有無にかかっています。(To be continued.)