Archive for 9月 18th, 2012

逐次通訳の場合も同時通訳の場合も、通訳者のすることは、結局、「相手の言うことを正しく理解して、その内容を聞く人に分かりやすく表現する」(小松達也『英語で話すヒント』3頁)ということになります。そうだとすれば、これは通訳者だけでなく、すべての英語学習者の学習目的と何ら変わるところはありません。違うところがあるとすれば、通訳者はそのタスクをすばやく、正確に遂行しなければならないことです。しかし一般の学習者も、通訳者ほどではなくても、ある程度のスピードと正確さは望ましいものです。大学入試センターのリスニング・テストやリーディング・テストを見ても、それぞれのテスト項目にかけることのできる時間はかなり制限されており、正確さだけではなく、相当のスピードが要求されています。では、学習者はどのようにしたらそのような要求に応じることができるでしょうか。

 まず、どうしたら人の話をもっとよく聴くことができるようになるでしょうか。これは英語の聴き取りだけでなく、母語である日本語の聴き取りについても言えることです。第1に、話についていけるだけの予備知識が必要です。原発の話を理解するためには、まずそれに関連する語彙の知識が必要です。今朝の新聞に「原発ゼロ」の矛盾点が挙げられていましたが、そこには「原子力規制委員会」「安全確認」「核燃料サイクル」「再処理施設」「中間貯蔵施設」「廃炉計画」などの用語がたくさん出ていました。そして語彙だけではなく、これまでに原発についてどんな議論がなされてきたか、また現在どんな事柄が問題になっているかを知らなければなりません。通訳者たちはもちろん事前にそのような準備をします。自分の不得意な分野ではそのために多大な時間を必要とするでしょうが、そうすることが通訳者たちの仕事の一部となっています。これは一般の英語学習者にも言えることです。耳から入ってくる話の内容がある程度予測できるようにならなければ、充分には理解できないものです。

 第2に、話し手の人柄や話し方の癖(くせ)をよく知っておくことが重要です。特に初対面の人と話すときには誰でも緊張するものです。相手が何をしている人でどこの出身であるかを知っていても、標準的な話し方をするとは限りません。実際に会ってみるとものすごく早口だったり、言葉に独特の訛りがあったりしてまごつくことがあります。小松達也氏がハーマン・カーンという未来学者(1970年代に「21世紀は日本の世紀だ」と言って注目を浴びた人)の通訳をした経験が書かれています。ここに見られる通訳者の態度は、一般の学習者も見習うべきものです。

「実際に彼の通訳をしてみると、逐次通訳の時でも同時通訳の時でも言うことがさっぱり分かりません。そこで私は彼の発する単語を聞き取ることを半ばあきらめ、彼の考えを勉強することにしました。彼の本や論文を片っ端から読み、彼をつかまえて、どんなことを言いたいのか、これはどういう意味かなどしつこく質問しました。そうしたら彼の話がだんだん理解できるようになったのです。彼の発する言葉は10語のうち3つか4つしか聞き取れなくても、それをつないで考えれば彼が言わんとしていることが分かってくるのです。そうすれば何とか彼の話を聞く人に分かってもらえるような通訳をすることができます。こうして私は1983年に彼が亡くなるまで、彼の通訳を何度も務めることができました。」(前掲書37頁)

 次に、聴いたことを単に理解しただけで終わるのではなく、その内容を自分の言葉で他者に伝えるという訓練は、英語学習者にとって非常にチャレンジングな活動になります。通訳者たちは、実際に、そのような困難なタスクに日常的にチャレンジしているわけです。通訳者の行っているこのタスクは、英語学習者にも応用できるのではないでしょうか。つまり、英語を聴いてその内容を日本語にして他者に伝える、また逆に、日本語を聴いてその内容を英語に通訳するという活動を行うのです。そのような活動をするには少なくとも3人がティームを組んで行うことが必要になります。学校の授業でそういう活動を取り入れてくれるとよいのですが、そうでなければ、そういう活動を行うティームを自分たちで立ち上げるとよいでしょう。最初はうまくいかないかもしれませんが、学校で学んだ易しめのテキストを利用するなどして練習すると、だんだんスムーズにできるようになると思います。そのような活動から、通訳という職業に興味を持つ人も出でくるのではないでしょうか。通訳者はこれまでしばしば表舞台に現れない「陰の人」とされていましたが、ハリウッド映画の ‘The Interpreter’ (2005) に取り上げられているように、最近はその役割が多くの人に注目されるようになっています。(今回で「訳」の項を終ります。)