Archive for 1月 7th, 2014

明けましておめでとうございます。本年も「英語の学び方」の連載を続けますのでよろしくお願いいたします。熱心に読んでくださる方々もしだいに増えているようで、投稿者としてたいへん心強く思っております。

さて新年最初のテーマを「英語の賢い学び方」としました。英語を何年も学んできて、自分の目標とする英語力にまだまだ達していないことを自覚し、「なんとかしなければ」という気持ちで新年を迎えられた方が大勢いらっしゃると思います。学校で落ちこぼれた生徒、あるいは落ちこぼれそうになっている生徒、また社会に出て英語を必要としているにもかかわらず、その必要を満たすだけの英語力を欠いていると感じている人、そういう人々の願いは切実でしょう。そういう人たちに何か良いアドバイスはできないだろうか、という気持ちで年頭に与えられたのがこのテーマです。

正月に聖書を開いていて次の一句が目に入りました。

Look carefully then how you walk, not as unwise men but as wise, making the most of the time, because the days are evil. [Ephesians 5:15-16, Revised Standard Version](参考訳:そこで、あなたがたの歩き方によく注意し、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩き、今の時を生かして用いなさい。今は悪い時代なのだから。)

これはキリスト教会が各地に作られ始めた頃にエペソ(エフェソ)の信者たちに宛てられた手紙(注)の一部ですが、筆者はこれを見て、「あなたがたの歩き方」を「あなたがたの学び方」と読みかえれば、その忠告は現代日本の英語学習者にも当てはまると思いました。「今は悪い時代」というのも現代的ですね。

まずこの手紙は「あなた方の歩き方」によく注意するようにと忠告しています。私たち英語の学習者も自分の歩き方に注意しなければなりません。私はこれまでどんな学び方をしてきただろうか、そして今どんな歩き方をしているだろうか、愚かな人たちのようではなく、賢い人たちのように歩いているだろうかと、各自点検する必要があります。この聖書個所の「愚かな人」とは、「不品行な人、汚れたことをする人、貪欲な人、すなわち偶像を礼拝する人たち」(エペソ5:5)のことだと書かれていますが、私たちの英語学習では、「愚かな人」とは本来の英語学習の目的から外れた道を歩いている人と考えてよいでしょう。考えられる「愚かな人」には次のような人たちがいます。(1)学ぶ目標が不明確で自分が今何をすべきかが分からない人、(2)学び始めたものの途中で躓いて途方に暮れている人、または落胆して立ちあがれない人、(3)自分を他人と比較することで劣等感を持ってしまい、そのために学ぶことを諦めてしまう人、(4)孤独におちいり、自分のまわりに相談する人を見出せない人、などです。

他方、「賢い人」とは次のような人たちです。(1)自分の学びの目的をはっきりと自覚しており、自分の学び方を注意深く見詰め、今何をなすべきかを知っていてそれをきちんと実行する人、(2)学びの途上で壁に突き当たっても、そこで落胆せずに態勢を立て直し、新たな目標に向かって学びを再開することのできる人、(3)自分をやたらに他の人たちと比較せずに、無用な劣等感を抱くことなく、自分の設定した道をコツコツ歩くことのできる人、(4)ほんとうに困ったときに相談できる人が複数いて、その人たちのアドバイスを受け入れるだけの心の柔軟性を持っている人、など。

英語を学び始めたばかりの小学生や中学生の多くは、英語という言語を学ぶことによって自分の心の世界が大きく広がっていくことに喜びを感じます。英語は自分たちが日常的に使う言葉ではありませんが、日本人以外の多くの人々に使われている言語ですから、自分たちは英語を知ることによって、世界のより多くの人とつながりを持つことができるという感覚に興奮を覚えます。 “Do you like soccer?” “Yes, I do. I want to be a soccer player.” と問答できるようになるだけで、新しい言語によるコミュニケーションの手段をなかば獲得したかのようなわくわくした気持ちになるでしょう。問題はその気持ちをいつまで続けることができるかです。それには、自分の本当にしたいことは何なのかを自分自身に問いかけて、心の奥底を点検することが必要なのです。(To be continued.)

(脚注)新約聖書の「エペソ人への手紙」は使徒パウロからエペソの聖徒たちに宛てられています。しかしその内容から、それは「エペソ」という特定の教会に向けられたものではなく、もっと広くエペソを中心とした小アジアの諸教会に向けて書かれたもののようです。