Archive for 1月 27th, 2014

現代の外国語教育は、世界的に、「コミュニケーションのため」という目標が強調されています。わが国の学習指導要領「外国語(英語)」の目標には、「コミュニケーション」というカタカナ語が2度も出ています。すなわち、「外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。」(中学校)というものです。高校の学習指導要領では前半は同じで、最後の個所が「情報や考えなどを的確に理解したり適切に伝えたりするコミュニケーション能力を養う。」となっています。

これは学習者にとって幸せなことでしょうか。むしろ不幸な事態ではないでしょうか。なぜなら、外国語を学ぶ目的はいろいろあってよいはずなのに、コミュニケーション能力だけが突出して強調されているからです。そして学習者の評価は、もっぱら「コミュニケーション能力」の習熟程度を測定するテストによってなされます。そこでは聞くこと・話すこと・読むこと・書くことの能力をどこまで身につけているかが問題とされます。いわゆる「能力主義」です。まるで英語を実際に使うこと以外に学ぶ目的は考えられないかのようです。

学習指導要領は「言語や文化に対する理解」や、「コミュニケーションを図ろうとする態度」も挙げています。しかしそのような理解力や態度は評価方法が難しいという理由で、教育現場ではほとんど取り上げられません。現実には、それらはコミュニケーション能力を高めることを強調するための修飾的な「まくら言葉」になっています。言語技能の習熟を重視する能力主義は必然的に、教える側の設定コースから外れてしまう生徒たちを、学年が進むにつれて増やし続けます。学校は彼らを「落ちこぼれ」(failures)として扱い、ほとんど面倒を見ません。時には邪魔者扱いさえします。最近は小学校から英語指導が始まったために、中学校に入学した時点ですでに英語嫌いになっている生徒がかなりいると言われています。

英語を学び始めた生徒たちは、物珍しさも手伝って、最初は学校の設定するコースから外れないように、ひたすら先生の言う通りに学ぼうとする従順な生徒たちです。彼らの多くは頑張ろうとします。しかしそれでも落ちこぼれを防ぐことはできません。なぜなら、能力主義は必然的に落ちこぼれを作り出すシステムだからです。その証拠に、中学卒業時には多数の(通常半数くらいの)生徒が所定のコースから落ちこぼれてしまうと言われています。しかし彼らの中にも、「私は外国の○○の文化に興味がある」とか、「僕はいろいろな国の人とメール友だちになりたい」というような生徒がいるはずです。そういう生徒の指導に熱心な先生もないわけではありませんが、それを期待できない生徒たちは途方にくれてしまいます。以下はその人たちへのアドバイスです。

(1)学校では「コミュニケーション」ということが強調されますが、英語学習の目的はそれだけではないと気づくことが重要です。テストではほとんど常に英語のリスニングやリーディングの達成度や習熟度が問題にされます。しかしそれらの技能テストは、あなたが現在持っている英語力のほんの一部に関係するだけです。学校のテストだけでなく、外部のテストや入試テストもすべてそうです。実は、あなたの本当の英語力はそのようなテストでは測れるものではないのです。テストの結果は無視できないでしょうが、失敗したからと言って失望しないでください。真面目に努力すれば、あなたの中には以下に述べるような潜在的な英語力が着々と蓄積されているのですから。

(2)英語を学ぶことによって、日本語と英語のいろいろな違いに気づきます。たとえば、英語を始めてすぐに、日本語では自分のことを「わたし」、「わたくし」、「ぼく」、「おれ」、「わし」など、いろいろな言い方があるのに対して、英語の1人称は常に、男も女も、子どもも若者も老人も、すべてIの1語だけだということに気づいて驚くはずです。もしあなたが柔軟な心で英語の授業にのぞむならば、それは驚異的な「気づき」の連続なのです。そういう感動があなたの心を動かし、それがあなたの脳の中に知識として蓄積されていきます。しかしそういう大切な言語知識は、テストで試されることはほとんどありません。

(3)あなたは現在、英語を学ぶ目的をはっきりと意識していないかもしれません。中学生や高校生ではそれはむしろ普通のことです。多くの生徒にとって「英語はいつか必要になるかもしれないが、どのような必要が生じるのかはまだわからない」というのが本当のところでしょう。しかし目的がはっきりしなければ、学習の真剣さは失われます。そこで最初に英語学習の目的を捜しましょう。たとえば、学校で紹介されたアメリカの姉妹校の生徒とメールを始めようと決心します。そうしたら毎週英語でメールをしてみます。最初は2,3行でも、だんだんと長く書けるようになります。メールばかりしていて学校の勉強がおろそかになるかもしれません。でもそれはたぶん一時的なものですから心配は無用です。英語で文章を書くことの楽しみをものにできたら、学校のテストで良い点をもらうよりもずっと価値のあることです。

(4)目的が見つからなくてもあせらないでください。いつか必ず見つかります。ただいつも捜し求めてください。自分のキャリア(career生涯の仕事)にかかわるような大きな目的でなくてもよろしい。昨年使った教科書を毎日1課ずつ数回音読するとか、その教科書の単語をできるだけ沢山覚えるとか、当面の目的(または目標)でけっこうです。日本人の多くが学校で習った英語はつまらなかったと言いますが、たいていの場合、それは学生時代に学習の目的を捜すことなく漫然と授業を受けていたことが原因です。そして大学を卒業する頃になって、英語をもっとやっておけばよかったと後悔するのです。

(5)しかし学生時代を漫然と過ごした人でも、学習目的を見つけ出した人はそこから再スタートすることができます。たとえ学生時代に落ちこぼれた人であっても、再学習は可能です。なぜなら、学習の痕跡は必ず残っているからです。たとい英語技能のテストの点数は低くても、一時的にも英語学習に取り組んだ経験は、かならず再学習に活かすことができるからです。6年以上も英語を学んで何も覚えていないということは考えられません。

(6)大学に入学してきてbe動詞の使い方を知らない学生がいると嘆いている先生がいました。きっとその学生はそれまで英語の学習に真剣に取り組んだことが一度もなかったのでしょう。そういう学生でも、もし自分の学習目的を捜しあてることができれば、再学習は可能だと思います。その大学の先生に筆者が申し上げたのは、その学生に再学習の意志があれば個人教授を受けるよう勧めること、または英語以外の学びやすい外国語(たとえば韓国語)を学ばせることでした。英語だけが外国語ではありません。英語に落ちこぼれても他の言語の習得に成功した例は、筆者の知る限りでも枚挙にいとまがありません。