Archive for 1月 18th, 2014

(番外) < 日韓・日中関係の古代史 >      
 土屋澄男さんが今週のブログで外国語学習の面から日韓・日中関係について触れていたので、私も一言書きたくなった。私は古代史のファン(実はセミ・プロと自認)なので、その面から両国との関係について感想を述べたい。

 私が戦後間もなく古代史に関心を持つようになったきっかけは、津田左右吉博士が、それまで秘密のベールに包まれていた「壬申の乱」について書いた文章を読んだことだった。「壬申の乱」は「乙巳の変」と「大化の改新」で知られる天智天皇の嫡子大友の皇子と、天皇の弟とされる後の天武天皇、大海人の皇子による天智の後継争いで、日本の古代史上最大の内乱であったが、天皇家の骨肉の争いであったため、戦前・戦中は、伏せられていたのである。

 日本の古代史が史実と結びつくようになるのは、一説では第26代の継体天皇の頃からとされるが、この天皇は北のほうから来たというだけで、出自は明らかでない。継体天皇の即位や後継者をめぐって豪族間の争いが激しくなり、渡来人(主として朝鮮民族)説のある蘇我氏と祭祀・軍事部族である大友・物部氏の勢力が台頭したが、やがて蘇我氏が稲目、馬子の時代に天皇家の外戚になって勢力を伸ばした。「乙巳の変」で蘇我の蝦夷が成敗された後も、傍系の蘇我の石川麻呂が娘を天智天皇の妃に入れ、生まれた娘を大海人の皇子に嫁がせている。後の天武天皇と持統天皇である。天武天皇は実質的に天皇制を確立した人物だが、記紀には青年時代になって突然現れるので、出自がハッキリしないという説もある、また、持統天皇から10代後の桓武天皇について平成13年のサッカーW杯日韓共同主催の際、天皇が記者会見で「桓武天皇の生母が(百済の)武寧王の子孫であると『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と述べたことがあり、そういうところに「日鮮(日韓)同祖論」や「騎馬民族征服王朝説」が生まれる素地があるのではないかと思う。

 さらに、考古学の分野でも最近日本と朝鮮半島の結びつきが改めて注目されている。日本独特のものといわれてきた前方後円墳が韓国で発見されたからだ。一方出雲を中心に山陰から北陸にかけては300基近い“四隅突出型古墳”が存在しているが、北朝鮮の鴨緑江付近に同形の墳丘墓があることが知られている。

 ところで、昨年は、伊勢神宮と出雲大社の遷宮が同じ年に重なって話題を呼んだ。古事記や日本書紀には、出雲大社の祭神大国主系の豪族が、伊勢神宮の祭神天照系の豪族に国を譲ったという話がある。この話には色々な学説(というより憶測)があるが、私の憶測では、出雲に土着していた縄文系の豪族が、高天原から降りてきた、つまり海を渡って日本に稲作をもたらした弥生系の豪族に、それぞれの代表選手の力比べ、つまり武力抗争で破れて、出雲大社の建立を条件に、体よく土地を奪われたのではないかと考えている。最近の研究では、記紀で神話とされる物語が、実は古代の事実と結びついていることが多いというが、日本最初の青史である日本書紀の編纂そのものにも渡来人が深くかかわっていたと考えられている。

 一方、古代史における中国と日本の関係については、いわゆる「魏志倭人伝」の稀覯性が特筆される。「魏書」の「東夷伝倭人条」は、全文で2千字足らず、史料としての価値に疑問を呈する人もいるし、訳文や訳語にも色々あって議論は百花争鳴だが、なにしろ古墳時代以前の日本の様子をかいま見ることの出来る唯一のまとまった文献資料なのだから、私も訳文をなめるように読んだ。当時の日本の状況を簡潔に描いて極めて興味深い。中でも女王卑弥呼が治めた邪馬台国の比定は、古代史最大のロマンであり、候補地は何十ヶ所もあるが、九州説と畿内説が有力である。私は、朝鮮半島との関係から九州説に傾いている。

 もう一つ中国との関係では、秦の始皇帝が“不老不死の妙薬”を求めて東方へ派遣したという徐福の伝説が興味深い。これは、縄文時代の終わり頃の話だから「倭人伝」よりさらに古い。徐福は3千人の若者らとともに、多分、”妙薬”探しではなく、新しい国づくりを目指して船出し、ついに中国へ帰ることはなかった。徐福は中国でも長く伝説の人であったが1982年に、江蘇省徐福村に生まれた実在の人物であることが分かり、東方へ出帆した遼東半島でもその時代の造船所の跡が発見された。徐福がどこへ着いたのかは定かではないが、徐福を祭る神社は日本全国に散在しており、日本にコメ作りを伝えたのは徐福ではないかという説もあるし、徐福神武天皇説というのもある。

 私は、古代史を通じて、朝鮮や中国に親近感を抱いているためか、韓国や中国の歴史ドラマのファンでもあり、「イ・サン」をはじめ「トンイ」や「馬医」それに「宮廷の諍い女(め)」などを視力減退を心配しながらも延々と見ている。史実とは異なるであろうが、底の浅い日本のTVドラマよりはるかに面白く、仏教や儒教に支えられた人間群像の織り成す波乱万丈の物語に感動を与えられる。日曜大工でもある私は特に韓国ドラの宮廷に現れる調度品に目を奪われる。中国のそれのように華美ではなく、日本のもののように簡素でもなく、そのちょうど中間的な美しさがある。やはりそれには、地理的、歴史的な3国のかかわりがあるように思われ、中・韓・日3国の長く、深い結びつきを感ずるのである。

なお、現在の日中・日韓関係についての私見は、「人権大国への道」の中で述べたいと考えている。(M)