Archive for 12月, 2011

学習意欲の心理学(7)

Author: 土屋澄男

学習意欲を持続させるためにはそれを維持するにふさわしい自己イメージを持つことが重要であるとすれば、私たちはどのようにしてそれを創り出すことができるでしょうか。そもそも自己イメージは意図的に創り出すことができるものなのでしょうか。「あるべき自己」へと動機づけるパワーは、自己に関するイメージづくりから生まれるという考えは古くからありました。たとえばアリストテレスは、マクマホン(McMahon 1973)の説明によれば、心の中に生じるイメージが人の行動を動機づける主要な力であるとし、何かを追及したり、何かから逃れたりするイメージが存在するとき、その対象となるものがまるで物質的に存在するかのように心を動かすと考えていました。現代の心理学実験においても、人は心に描くイメージに対して、実際に見ている物に対すると同じように反応することが知られています。たとえば、心の中の視覚的イメージづくりと実際の視覚作用とが、脳の同じ部位を活性化したという実験報告があります。このように、自分が目指している目標に向かって「あるべき自己」の細部を練り上げて自分自身の行動をイメージ化することは、抽象的な目標を実際行動に具体化するのに大きな役割をはたします。そこに必要なのは想像力(imagination)なのです。

 さらに言えば、想像とは自己を拡張し、時間と空間を超え、世界と自分自身に関する新しいイメージを創り出すことです。私たちはりんごの種を見て、その木や実の姿を心に思い浮かべることができます。生まれたばかりの赤ん坊を見て、その子の10年後、20年後の姿を心に描くことができます。想像力を使わずに自己のあるべき姿を思い浮かべることはできず、したがって「あるべき自己」に向かって向上することもありません。私たちの動物的知覚は時間空間に極度に制限されていますが、想像力を駆使することによって、時間と空間を超えたイメージの世界へと導かれます。そしてそれは自己の将来のあるべき姿をも現実のものとして見せてくれるのです。

 言語は社会的な所産ですから、私たちは日本に住むかぎり母語である日本語に縛られており、母語ではない英語を使えるようになりたいという希望や夢は社会的な制約を受けます。筆者が英語を身につけたいという強い願望を持つようになったのは、1945年の日本の敗戦によって自分たちの大切にしていたものがすべて否定されたような気がしていたときに、日本に進駐してきたアメリカ人や、ハリウッドのアメリカ映画を通して知ることになった言語と文化が、非常に新鮮で魅力的に感じられたからでした。それは15歳の少年にとって物の見方を完全に変えるほどのショッキングな経験でした。このような国と戦争をしたとは日本はなんと愚かだったのだろうかと、その時は心の底から思ったものです。みな食べるのにも困っていた時代でしたので、まずは英語を学んで、英語を教えることで食べていけたらいいなと考えたのが高等師範学校を志願した理由の一つでした。しかし現在は65年前とは事情が全く違っています。日本経済の最盛期は終わりを告げ、少子高齢化の低成長の時代にはいりました。青年たちの目は明らかに内向きになっています。現在の日本に満足しているわけではないが、外に出ていって苦労をするのは好まない。ですから海外から学ぼうとする意欲も低下しており、アメリカを始め、外国の大学・大学院への日本人留学生の数は年々減っていると報告されています。しかしこのような時代だからこそ、これからの日本人は海外に目を向け、他のあらゆる地域の人々との交流を盛んにすべきではないのでしょうか。

 若者の目を海外に開かせるものは、広く世界を知り、そこに自己を投入する対象を見出すことです。そして想像力を駆使して、世界の中で自分が何かの役割をはたすことのできる「あるべき自己」を描き出すのです。そのために必要なのは、そのような想像力を養う教育です。今年から小学校5・6年生に「外国語活動」という授業が必修になりました。これは以前から一部の小学校で実施されていた「国際理解教育の一環としての英語教育」の延長線上にあります。この授業は週に1時間だけですから、英語ができるようになることはあまり期待できません。それよりも、英語を学ぶ経験を通して、子どもたちが自分たちとは異なる生活や文化に興味を持ち、海外に目を向けることができればよいと思います。小学校で長年英語を教えている人たち(たとえば語学教育研究所・小学校英語部会の方々)の証言によれば、小学生たちは中学生や高校生よりも大胆に自己を拡張し、表現しようとするといいます。小学校における英語教育に意義があるとすれば、そういう意欲を育てることにあるのではないかと筆者は考えています。(To be continued.)

<TPPを考える ①> 松山薫

① 賛否の意見

TPP(the Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement環太平洋戦略的経済連携協定)については、昨年(2010年)10月1日の臨時国会冒頭、菅直人首相が所信表明演説で突然、交渉への参加検討を表明し、1ヵ月後のAPEC(the Asia-PacificEconomic Cooperation Conference アジア太平洋経済協力会議)横浜首脳会議で「日本は再び大きく国を開くことを決断した」と発言して世間を驚かせた。その後の政争でTTPは一旦棚上げされたように見えたが、今度は後継の野田佳彦首相が、突然、2011年11月のAPECハワイ首脳会議までに結論を出したいと発言し、国論を2分する論争が始まった。国会議員の大部分さえTTPの内容を知らなかったのだから、一般の国民が分かるはずもない。私自身の知識もいい加減なものだった。論議不足どころか、ほとんどまともな論議はなかったわけで、APECハワイ首脳会議直前の11月11日、急遽、衆参両院で6時間にわたってTPP集中審議が行なわれた。またNHKは首脳会議後の18日、「TPPどうなる日本、参加すべきか否か」と題する特別番組を放送し、新聞もあわてて特集などを組んでいる。そこで、まずは、これまでの論議を聞き、特集記事を読んでみて、私なりにまとめた賛否両論を列記する。議論はまだ始まったばかりであるが、現段階でどの意見に賛成か、ためしに、番号に丸印を付けてみてください。

〔Ⅰ〕賛成論 

① 交渉参加の手続きに関する意見

1.交渉参加は遅いくらいだ。既に後れを取っている。交渉に参加しなければ十分な情報はえられない。
2.交渉に参加してルール作りに意見を反映させなければ後々不利になる。
3.参加国それぞれに国内に保護すべき問題があり、だからこそ交渉によって解決しようとしているのである。
4.日本の立場を明確に示せと言うが、交渉に入る前に手の内は見せられない。
5.野田首相は参加を表明したわけではなく、“参加国との協議に入る”と表明しただ
けだ。
6.交渉の中で農業、医療分野など日本の国益は断固守り抜くと野田首相が言っている。
7.野田首相がオバマ大統領との会談で、全ての項目を交渉にのせると伝えた事実はないと言っている。

② TPPに対する立ち位置

8.日本は貿易立国で生きてきたし、資源に乏しい日本には、加工貿易以外に選択肢はない。
9.貿易立国のためには、自由貿易が必要。これまで自由化で日本が損をしたことはない。
10.競争のないところに発展はない。世界で競争することが国の発展につながる。
11.少子高齢化で縮む国内市場は、海外で補うしかない。
12.世界経済、特にアジアの成長を取り込んで、産業の空洞化を防ぐ。
13.自由化交渉に入らなければ日本は孤立する。農業も外へ打って出よ。
14.これからも参加国は増えるし、ベトナムとマレーシアに期待している。
15.このままではアメリカとFTAを結んだ韓国に対米輸出で一方的に敗れる。
16.TPPはAPECが目指すFTAAP(Free Trade Area of the Asia-Pacific)の一環であり、これに参加しなければ、アジア太平洋地域での貿易自由化の動きから取り残される。
17.TPPをテコにEPA( economic friendship agreement 経済連携協定)の自由化度を増すことが出来る。
18.米中の間に立って、日本は積極的にアジアをリードすべきだ。
19.米中のはざ間で日本はどう生きるか、安全保障のことも考える必要がある。

③ 内容に関する意見

20.日本農業の再生はTPPとは関係なく重要課題として考えるべきだ。
21.TPPこそ日本農業再生の機会となる。
22.コメの関税が0になると決まっているわけではない。交渉次第。
23.輸入品が安くなれば消費者は助かる。
24.ISD条項(investor state dispute settlement clause)は日本企業の海外進出にとって有利になる。
25.ISDなど問題の分野はあるが国内法で規制すればよい。
  
〔Ⅱ〕反対論 

① 手続き論

1.国のあり方を変える可能性があるのに論議が極めて不十分。
2.日本のとってのメリット、デメリットを国民に説明した上で、交渉に入れ。
3.歴史的に見て日本政府の外交交渉能力に疑問を持つ。 4.一旦交渉に参加しておいて、途中で脱退することが可能なのか。可能だとしてもそのためのデメリットを計算しているのか。
5.”関係国と協議を始めるという”ことは、交渉に参加するということではないと理解している。いわば、事前協議だ。
6.野田首相は、オバマ大統領との会談で、全ての項目を交渉の議題とすると表明したとアメリカ側は言っている。事実出なければ、何故訂正を求めないのか。
7.ISD条項〔投資家保護条項〕国内法より、国際法が優先されるから、国内法で規制は出来ない。

② 立ち位置

8.日本産業の空洞化は、ドル安・円高が原因でTPPは関係ない。
9.中国、韓国、インド、インドネシアが入っていないのにアジアの成長が取り込めるのか。
10.マスコミの報道が偏っている。(TPP参加賛成論が多い)
11. 内閣府の試算では、TPPに参加しても、GDPは年2,700億円しか増えない。
12.2国間協であるFTAや従来のEPAの方が日本の利益を守りやすい。
13.TPP参加国、参加表明国国の中では、アメリカと日本の経済規模がとび抜けって大きく実質日米交渉になり、これまでの日米交渉と同じく、アメリカの要求をおしつけられる。
14.強国の横暴を防ぐには、WT0(the World Trade Organization 世界貿易機関)のような多国間交渉の方がよい。
15.日本は十分に開かれている。これ以上は不要。
16.アジア重視と言うならば、日本は、アメリカではなく、もっと、ASEAN( the Association of Southeast Asian Nations 東南アジア諸国連合 )を初め、アジアとの連携を強めるべきだ。
17.アジアの参加国の経済規模は小さく、アジアの成長をとりこむこのにはならない。
18.EUの現状を見れば多国間の経済連携の難しさが分かるはず。
19.アメリカ的自由競争主義が持ち込まれ貧富の格差がますます拡大する。
20.韓国では対米FTAの締結で、農民、学生を中心に激しい抗議行動が起きている。
21.多国籍企業・巨大企業を利するだけ。

③ 内容

22.TPPに加入すると日本の農業、畜産業、酪農業は壊滅的被害を被り、食糧自給率は13%に下がる。食料安全保障はどうなるのか。
23.世界に誇る日本の国民皆(医療・介護)保険制度が崩れる。
24.TPPはアメリカの雇用対策の一環で、日本は利用されるだけ。
25.ISD条項でとんでもない賠償を請求されかねない。
26.公共事業の自由化に地方自治体の多くが反対している。
27.日本からの輸出増よりアメリカからの輸入増の方が多くなる。
28.安い輸入品の増加によってデフレがさらに進む。
29.ISD条項(投資家保護条項)によって経済主権が侵される。野田首相がISD条項についてよく理解していなかったことが国会の集中審議で暴露された。

① はTPPをどう考えるかの総論 ② は手続き論  ③ は各論である。

ご覧のように、本来最も議論の対象になるべき③が最も少ない。つまり、よく分からないのである。内容がよくわからないのに、あわてて総論で賛成したり、反対したりすると後で臍をかむことになる。このところ、新聞の特集などで、内容についての解説が少しずつ出始めている。
次回からは、賛成・反対の意見についてデータ等を付して検討し、最後に私の意見を述べます。(M)

学習意欲の心理学(6)

Author: 土屋澄男

これまでに述べたことを簡単にまとめると次のようです。自主学習を行なうためには、学習者は第一に自分の目標を定め、どんなテキストを選んでどのように学習を進めるかをしっかりと考えること、第二にテキストで学んだ英語を自分のものとするために、学んだ英語をあらゆる機会をとらえて使ってみること、第三に自分の学習プロセスを記録し、自分が行なっていることが正しい方向に向かっているかどうかをチェックすること、第四に外部テストなどを利用して、自分が行なった学習の効果を客観的に評価すること。これらはどれも自律的学習者として成長するために必要な事柄です。

 さて、そのような自律的学習者がのぞましい学習者であるとするならば、私たちは学習に費やすエネルギーをどのようにして確保することができるでしょうか。日本では、英語学習を始める人は多いが、それを最後までやり遂げる人は少ないと言われています。なぜ途中で脱落する人が多いのでしょうか。彼らは努力が足りないからだ、根気がないからだ、怠け者だからだ、才能がないからだ、などとよく言われますが、それで説明ができているとは思えません。その背後に、なにかその人の思考や感情や行動を支配しているものが存在しているように思えます。心理学は古くからそれが「意志」の働きに関係することに気づいていましたが、その意志の働きを発動させるものが自己イメージと関係のあることが最近わかってきました。

 私たちはみな自己イメージというものを持っています。自己とは、私は私であって、私の考えること、感じること、行なうことのすべては私のものだという意識です。自己は私たちにとって決して周辺的な事象ではなく、思考、感情、行動、人間関係を制御し統卒するのに中心的な働きをするものです。また、人は社会的な存在ですから自己を意識します。自分はどういう人間か、他人は自分をどう見ているかという意識は、たぶん人に特有のものです。そしてそれは成長と共に自己イメージとして発展し、必ずしも明確な形ではなくても、自分はこういう特徴を持ったこういう人間だというイメージが出来上がってきます。

 学習意欲の観点から、自己は「理想の自己」(ideal self)と「可能な自己」(possible self)とに分けられます。前者は「自分がぜひなりたいと思っている自己」です。自分が将来そういう人間になれるかどうかはわかっていません。それがただの願望や夢にすぎないこともあります。後者は「自分がなれるだろうと思っている自己」です。理想の自己もただの願望ではなく、自分もなれると信じていれば、それは可能な自己でもあります。しかし多くの場合、理想の自己と可能な自己とは一致していません。理想の自己は遥かかなたの目標であって、自己の現実から割り出して「自分はこうあるべきだ」という自己イメージを描き出し、それに向かって努力するという形を取ります。たとえば、一冊のテキストを自分のものにするというような比較的に短期間の集中と努力を必要とする学習では、この「あるべき自己」のイメージが役立ちます。あるいは、英検2級や3級に合格するという目標を立てて、それに向かって集中的に学習するという場合にも、この「あるべき自己」のイメージが学習の原動力になるでしょう。その場合に、テストに失敗するというマイナスのイメージを同時に持つことがあります。それは常にある種の恐怖感を人に抱かせ、「あるべき自己」に対立する否定的なイメージを呼び起こします。こうして正と負のイメージが重なりあって、より大きなエネルギーを自己に供給することになります。そうしていうるうちに、学ぶこと自体に楽しみを見出すと、学習意欲は本当の内発的なものへと転化するわけです。

 しかし長期的に見ると、個人の意欲の供給源になっているのは、多くの場合「理想の自己」のイメージであるように思われます。新渡戸稲造は東大の面接試験で、「私は太平洋の架け橋になりたい」という理想を述べたと言われていますが、彼はおそらく生涯その夢を持ち続け、それを実現しようと努力したのでしょう。また野口英世は20歳のとき、「実家の床柱に『志を得ざれば、再び此地を踏まず』と刻みつけ、医術開業試験を受けるために上京した」(斎藤兆史『英語達人列伝』中公新書)とありますが、これは、彼が若い時から「あるべき自己」と「あるべきでない自己」によって相互補完された鮮明な自己イメージを持っていたことを表していると考えられます。長期間にわたって英語学習を持続するためには、学習者は人生のいずれかの時点で、国際社会とつながる場面で力を発揮できる自己をイメージすることが大切なようです。そうだとすれば、そのような自己イメージをどのようにして創り出すことができるかが私たちの次の関心事です。(To be continued.)