Archive for 5月 12th, 2012

<英語との付き合い ○21>

NHK (4) SPEAKING自己訓練—2

 ガイド試験には受かったものの実際に観光通訳の仕事は出来ないことがわかり、方針転換して、身近な外国人のリライターやアナウンサーを計画的に活用することにした。rewriterというのは、原稿を英語の面からチェックするnative speakerである。アメリカ人が多かったが、他にイギリス人、カナダ人、オーストラリア人それにフィリピン人などがいた。私が仕事で付き合ったrewriterは50人以上にのぼる。

 私にとっての最初のリライターは、ブッシュさんというイギリス人で、長い間ジャパンタイムスの一面に顔写真入りで日本紹介のコラムを書いていたから御存知の方もいるだろう。その長身偉躯、風貌、態度から部内では、“高等弁務官”とあだ名されていた。そのほか毎年BBCからの出向者がいたが、どうも私はイギリス人とはうまが合わなかった。理由の一つはすぐ、“ the BBCでは・・・”と始めるので、“ここはBBCじゃない”と大喧嘩したこともある。これに対してアメリカ人はおしなべてnice guy で、よく一緒に酒を飲みに行ったりした。酒が入ると抑制が取れて、我ながらうまく会話が弾んだ。

 また、泊り勤務の日のアナウンサーは外国人が多く、なかでもオーストラリア放送からの出向者は、本当の意味でプロのnews readerであった。ニューススタジオの副調室で、自分が編集したニュースを彼らがメリハリのきいたバリトン調で読んでいくのを聞くのは楽しみでもあり、英語のrhythmやintonation, phrasingを学ぶのにも大変役立った。

 そこで、私は、前にこのブログに書いたベンジャミン・フランクリンの13徳の修練法にならい、彼らと積極的かつ計画的に接して対話し、その時間数や自分の問題点を専用の手帳に記録していくことにしたのである。

 とはいっても、彼らも私も仕事中なのであるから、デスクや他の部員に迷惑にならないように対話できる時間は限られている。そこで、最低の目標時間を一日15分間、毎週1時間半ときめ、さらにそれに上積みするように心がけた。まず、自分の書いた原稿の中に、わざと、問題になるような表現を使い、rewriterの意見を誘うのである。“ マツヤーマさん”という声が聞こえると”しめた”と思った。これは一種の挑発だから、時には言い争いになる。時間は限られているので、そのリライターを昼食や夕食に誘い、そこで続きをやる。こういう場合は授業料のつもりで、こちらでtreatした。うまく行くと一日30分稼げることもあった。また、泊りの晩のアナウンサーには、アナブースから出てきたところで、あまり不自然にならいようにイチャモンをつけ、reading やphrasingについて議論をするのである。

 さらに、私は当時茅ヶ崎に住んでいたので、湘南のうまい寿司を食わせるからと言って招待することもあった。ある時オーストラリア放送のアナウンサーを招待して、品川駅から湘南電車に乗った。川崎駅を過ぎる頃、彼が“Tokyo is so great ! “ と感嘆するように呟いたので、「ここはもうTokyoじゃないよ」と耳打ちすると、「ずっと家が並んでいたじゃないか。ひとつの町じゃないのか」と不思議そうな顔をした。そう言えば、メルボルンとシドニーの間には広大な原野が広がっているのだろう。そのうち彼が「茅ヶ崎の名産(specialty)は何だ?」と聞いてきた。とっさに「“奉行もなか”というのがある」と答えた時から延々と問答が始まった。「奉行って何だ」「江戸時代のpolice chief兼prosecutor兼judgeのような人物で、中でも有名な大岡越前守の知行所が茅ヶ崎にあった。一族の墓もある。」「何で大岡が有名なのか」。「三方一両損」は説明が難しそうなので、2人の女が白洲で男の子の実母であると言い争う話をしたら「だいたい分かったが、もなかって何だ」と聞くので、こんどは材料から製法、形状まで説明するハメになった。やっと終ったら、「甘いものは嫌いだから、他に何かないか」ときた。汗をかきながら説明する私の声が段々大きくなって、周りの人達は聞き耳を立てていたらしく、ここで笑い声が聞こえた。ハッと我に返ると、列車は間もなく茅ヶ崎駅に着くところであった。この日は、3時間以上稼いだ。
 
 3年あまりたって手帳に記した総時間数が300時間に達する頃、相手が外国人であるということが気にならなくなっていた。つまり、”石の上にも3年“である。これをもって、ある意味で不自然なフランクリン方式を終了することとした。フランクリン自身も、この方法が不自然であることに気づいてやめている。

 LISTENING特訓に使った時間、SPEAKING自己訓練に費やした時間を考えると、学校での学習時間だけでは、いわゆる使える英語を身につけることは全く不可能であると思う。そう思ったことが、後に「茅ヶ崎方式英語会」という成人のための学習組織をつくることにつながった。(M)