Archive for 7月 2nd, 2012

前回の終りに、個人のバイリンガリズムに共通する特徴の一つとして、「バイリンガルの言語能力は固定的ではない」ということを挙げました。それは環境によって変化するだけではなく、年齢や個人的な資質などの要因とも関係します。「変化する」というのは、バイリンガルとして二つの言語能力が向上するというだけではなく、二つの言語のバランスが変化していくということでもあり、その差が大きくなることもあれば小さくなることもあり、時にはどちらか一方の言語が衰退するということもあります。そういうことについて、これまでのバイリンガリズム研究から分かっていることを整理してみたいと思います。

 まず子どものバイリンガリズムから見てみましょう。3歳までの子どもは、ある環境下では二つの言語をごく自然に習得することが知られています。それを「同時バイリンガリズム」(simultaneous bilingualism)と呼びます。その典型的な環境として知られるのは次の三つです。

①両親の母語が異なり、それぞれの親が一貫して自分の母語で子どもに接する場合(どちらかの親の母語が地域社会の言語と同一である場合が普通)、②家庭では両親が共に自分たちの母語である少数派言語を用い、子どもにも一貫してその言語で接し、家の外では地域社会の言語を第二言語として子どもに習得させるようにする場合(西山千氏の場合がそうでした)、③両親が共に自分たちの言語と地域社会の言語を話すバイリンガルで、それら二つの言語を日常的に混合して用い、子どもにも同様に二つの言語を混合して接する場合(たとえば、プエルトリコでは人々はスペイン語と英語を混合して用い、子どももそのような混合された言語を習得します。そして地域社会全体でその混合言語が安定して用いられています)。

 これらの中で特に①の事例は多数報告されています。その中で文献として最も有名なものを紹介します。それは音声学者レオポルト(Leopold)による娘ヒルデガートの10年(1939-49)にわたる詳細な言語発達の記録です。ヒルデガートの家庭では父親はドイツ語しか話さず、母親は英語しか話しませんでした。彼女は2歳までは二つの言語の区別ができず、ドイツ語と英語の語彙をしばしば混同しました。3歳になると、彼女は二つの言語の使い分けを始め、父親にはドイツ語で、母親には英語で話すようになりました。しかしまだ二つの言語の混用も見られ、英語の文の中に数語のドイツ語が混じっていたり、ドイツ語の文の中に英語の単語が使われたりしました。レオポルトによると、このような言語の混用は言語間の干渉というよりも、子どもがコミュニケーションを効果的に行うために必然的に起こったものであろうということです。その後しだいに、二つの言語の区別がはっきりとなされるようになります。

 レオポルトの研究でもう一つ注目すべき点は、家族が住む地域社会の変化によって、ヒルデガートのドイツ語と英語の使用割合が大きく変化したことです。彼女がドイツにいたときにはドイツ語を話す割合が大きくなり、アメリカに戻って学校に通い出すと英語が優勢になりました。同時に彼女のドイツ語と英語の使用能力も変化したと思われます。これは環境によって個人レベルで言語の優勢さの度合いが変化することを示しており、多くのバイリンガルの経験するところです。西山千氏もそのような体験を語りました。ヒルデガートはその後十代半ばになって、ドイツ語をあまり話さなくなったと報告されています。

 「同時バイリンガリズム」に対して、子どもが一つの言語(通常は母語となる言語)を先に習得し、その後に第二言語を習得する場合を「連続バイリンガリズム」(sequential bilingualism)と呼びます。日本人の家族がアメリカなどの英語使用地域に移住すると、その家族の子どもも地域の優勢語である英語に晒されることになります。一般に3歳までの子どもは教育を介することなく、地域社会の話し言葉を自然に習得していくと言われています。そして二言語のバランスをうまく取ることができれば、将来バイリンガルになるケースが多いことが知られています。しかし3歳を過ぎると、多くの場合、子どもは幼稚園や小学校に通い、そこでの教育を通して英語を第二言語として学ぶことになります。この場合には、バイリンガルとして成功する率はずっと下がります。習得環境によってはもっと下がります。アメリカでは、英語以外の第二言語で教育を受けてバイリンガルになれる生徒は、20人に1人もいないと言われています(Baker 1993)。日本で第二言語として英語を学ぶ場合には、その率はもっと低いかもしれません。ともかく習得の年齢と環境がバイリンガリズムの成否を左右する重要な要因です。このことに関して、ここにイスラエル建国の十数年後になされた興味ある調査がありますので、それを次にお示しします。          (To be continued.)