Archive for 7月 7th, 2012

NHK−12 NHKと政治

ロッキード番組と慰安婦番組の改変

 前回述べたように、NHKへの政治介入として最もよく知られているのは、ロッキード事件5周年の番組と慰安婦問題の番組の改変だろう。そこで、最後に、NHKの存立の根幹に触れると思われるこの二つの事件の内容とそれを生んだNHKの体質について、当事者達と、長年NHKを取材してきた新聞記者の著書を紹介しておきたい。これらは決して昔、昔の物語ではない。先ごろ、NHKの経営委員長が在職のまま東電の社外取締役に就任しようとして指弾を浴びた。そもそも、経営委員長と会長がいずれも財界関係者であることに私は強い違和感を持つ。少なくとも会長はジャーナリスムの体験者かジャーナリスムに深い造詣と理解を持つ人物でなければならないと私は思う。

① NHKと政治 川崎泰資  朝日文庫

 高野岩三郎から海老沢勝二にいたる戦後のNHK会長が、どのような政治家との絡みで生まれたのかを検証し、その文脈の中で生じた政治介入、特に、ロッキード事件5周年番組改変当時、報道局政治部総括デスクとして体験した介入の内容を、島報道局長との生々しいやり取りをまじえ、詳細に跡付けている。著者は、このあと、ニュースの現場から放送文化研究所へ追われ、やがて大學へ去った。この本の解説で、東京地検特捜検事としてロッキード事件で田中角栄を取り調べた「さわやか財団」の堀田力理事長は、「世の中には、真っ直ぐ生きたい人と、出世やカネモウケのためなら筋を曲げてもへっちゃらな人がいる。また世の中の仕事には筋を曲げてはいけない仕事がある。国民のための報道機関であるNHKは、絶対に筋を曲げてはいけない機関である。」とのべ、著者について、信念を貫いた稀有の人であると評している。

② NHK社会部記者 神戸(ごうど)四郎 朝日新聞

 ロッキード事件の後、報道局社会部長をつとめた著者は、100人を超える社会部員の先頭に立って、”体を張って“ ロッキード取材活動を展開した。しかし待っていたのは、世論調査所への転勤だった。世論調査所では、1982年(昭和57年)次長だった神戸を中心に恒例の「暮らしと政治」の調査を実施することになり、およそ40項目の質問事項の中に「ロッキード事件をきっかけに疑惑を生む日本の政治体質は正されていると思いますか」など5問を設定したが、島報道局長によってロッキード関連の項目は全面削除を命じられた。
著者は、若い頃、子供たちの命を救うため、ソビエトから生ワクチンを輸入するというポリオ根絶キャンペーを通じて「報道機関としてのNHKの存在理由が真に問われるのは、権力者、権力組織にどこまで毅然として立ち向かえるかということだと痛感した」と述べ、この本の最終章で「NHKの体質への危惧」として、会長以下協会首脳部が言論・報道の根本にかかわる基本的な問題について毅然たる態度を示さないため、現場は権力を批判して問題になるようなことは見てみぬ振りをする」と書いている。彼は後に伊豆の海で投身自殺した。島は彼の死を聞いて「あれは気違いだ」と言ったと伝えられるが、上記の川崎は、神戸の死をNHK上層部への諫死であったと評している。私にはこの本が、NHKで働く人達への彼の遺言状のように思える。
私は伊豆にあった書庫を処分する前に、彼が身を投げた城が崎海岸へ行った。上田哲の盟友として社会部の組合分会長をつとめたこともある神戸とは顔見知りであった。城が崎の吊り橋の上から青い海の底を見つめていると、多くの腹心の記者達の将来を失わせることになった自責の念と無念の思いが伝わってくるようで、しばらくは、彼を死に追いやった者達への体が震えるような怒りを鎮めることが出来なかった。

③ NHK 鉄の沈黙はだれのために 永田浩三 柏書房

 2001年の1月に放送されたNHKのETV特集「戦争をどう裁くか」シリーズの慰安婦問題の番組が政治的圧力によって改変された際、担当プロデューサーであった著者が、NHKの中でどんなことが起きたかを時系列的に詳述している。また、彼のもとでデスクをつとめた長井暁(さとる)ディレクターが2005年に改変を内部告発した際には沈黙を守った著者が、この事件をめぐる裁判で、真実を述べようと決意するまでの心の葛藤と、真実を述べた後職場で孤立させられていく過程が、ドラマティックに描かれている。著者は、この本を書いた動機として、NHKと政治との距離のおかしさ、マスメディアの退廃をどうしても見逃がすことが出来なかったと述べている。私がNHKを去って4半世紀も経って、まだ同じことが繰り返されているのかと思うと、暗然たる気持ちなる。

④ NHK 問われる公共放送 松田浩  岩波新書

 この本の冒頭には、「NHKへの政治介入と癒着、自主規制の流れ」という一覧表が載っている。しかもそれは著者が日経新聞の記者としてNHKを25年間にわたって取材した中で知りえた自主規制や政治との癒着のほんの一部に過ぎないこと、また、そうした疑惑に対して一切説明責任を果たさないNHKの閉鎖的、隠蔽体質がどのようにして培われてきたかを取材体験に基づいて具体的に説明している。さらに、著者は、BBCとNHKを比較して公共放送のあり方を論じるとともに、放送への政治の介入を防ぐために、政府から独立した「放送委員会」の設置を提案している。また、日放労が果たしてきた内部チェック機能を評価する一方で、日放労が、上田哲の失脚とともに急速に力を失っていった原因についても触れているが、それはかって私が日放労大会で指摘したことと軌を一にしている。著者は、最後に「NHKの現場に、まだ多くの志を捨てないジャーナリストや制作者がいることに信頼を寄せ、心から期待もしている。」と書いているが、私も今は国民の一人としてそうあって欲しいと願っている。
松田記者はこの本の後書きで、ジャーナリズムの自立に一貫して関心をもってきたのは戦争体験に深く関わっていると次のように述べている。敗戦の時著者は陸軍幼年学校の生徒であった。「敗戦後私が抱いた深刻な疑問は、何故私たち国民は天皇を“現人神(あらひとがみ)”と信じ、中国への侵略戦争を正義の戦争と思い込まされていたのか、ということだった。思い至ったのはジャーナリズムの責任である。そのため多くの国民が命を失い、他国の民衆が犠牲になった。その痛恨の思いが、私のジャーナリスト人生の原点になっている。(M)