Archive for 7月 11th, 2012

「理解を求める」という話の真意は?
(1)福島県の原発被害地では、東京電力の責任者が、「被害を受けた方々にはご理解を得られるように努力したい」などと言っていましたが、被害を受けた人々に「何を理解せよ」と言うのでしょうか。今のままでは殺人犯に子どもを殺された親に、「犯人の気持ちも理解してやれ」と言うのと同じではないでしょうか。日本人は責任感と共に言語表現能力も失いつつあると思わざるを得ません。

(2)原発の放射能被害はすぐに解決するものではありませんから、被害者には当面の生活費を補償して、完全に安全が確保されるまで、将来にわたって補償を約束する以外に方法はないでしょう。そういうこともしないで、電気料金の値上げを申請するなど、東京電力は全く神経がどうかしています。政府もすぐには認めないようですが、当然でしょう。

(3)放射能被害に関しては“風評”を信じる市民も悪いかも知れませんが、政府がしっかりした方針を示して説明する努力が足りないのです。今日(2012年7月10日)の参議院での集中審議でも、予算が余っているのに震災被災地の支援が十分に行われていないことを野党に突かれて、野田首相は弁解と謝罪に追われていました。これも謝れば済む問題ではありません。

(3)沖縄の基地問題にも同じようなことがあります。垂直離着陸のできるオスプレイのように事故を起こす確率の高い航空機を沖縄や岩国に配備するという報道がありました。森本防衛大臣は、「現地の住民の理解を求めたい」といった発言をしていました。これも意味不明です。沖縄と山口の県知事が早速受け入れを拒否したのは当然です。

(4)森本敏という人は、「“みのもんた”の朝ズバッ!」(TBS系)のコメンテーターとして発言していたことがあります。発言内容は“アメリカべったり”というのが私の印象でした。コメンテーターや評論家としてはそれも許されるでしょうが、防衛大臣として沖縄の基地問題を解決できる人物とは思えません。野田総理の人選は毎度のことながら無責任です。

「自分だけは」という意識の問題点
(1)陽気が暑くなり始めると登山が盛んになります。しかし、高い山はまだ真冬と同じですから、事故が多いのもこの季節です。70歳くらいのグループが雪崩に巻き込まれて遭難する事故がありました。日本人は、「自分だけは大丈夫」という意識が強い人が多いのでしょうか。無鉄砲な若者ではなく、分別のあるはずの高齢者が遭難しているのです。「おれおれ詐欺」の被害も増えているそうですから、ここにも「自分だけは大丈夫」という意識が働いているのでしょう。

(2)そうかと思うと、ある大学では若い準教授の書いた論文がねつ造だったと分かって解雇されました。7月2日の毎日新聞は、「論文の捏造、どうして起きる」という解説記事を載せていました。「書いた論文は自分の業績になるばかりでなく、研究費の多くは税金が使われているので、納税者に報告する義務がある」という趣旨の解説でした。

(3)私も大学に長くいましたから、採用や昇進の人事にも関わりましたが、論文の独創性を実証するのは至難のことでした。結局は、論文がいくつあるかといった形式的な基準がものをいうのです。最近のように、インターネットであらゆる情報が得られるようになると、そういう情報からの剽窃を発見するのは余計難しいでしょう。結局は当人のモラルを信じるよりなさそうですが、モラル自体が低下している現状ではどうしようもありません。(この回終り)

前回、現代イスラエルの再建にまつわる「復活したヘブライ語」の使用に関する実態調査をお示ししました。ここではその調査結果に基づいて、言語習得と年齢の関係について推論できる事柄をまとめておきます。

 1、0−4歳を最高として、幼い子どもほどヘブライ語の使用率が高いことから、新しい言語環境におけるL2の習得は年齢が低いほど容易であり、成功する確率が高いと予想されます。

2、年齢が高くなればなるほどヘブライ語の使用率が下がることから、新しい言語環境におけるL2言語の習得は年齢が高いほど困難になり、成功する確率が下がることが予想されます。

3、20歳未満の若い人たちではヘブライ語の使用率が80%以上を示しているのに対して、20歳を超えるとその使用率が70%台に低下してしまうことから、新しい言語環境におけるL2言語の習得は20歳を過ぎると困難度がいくぶん高くなることが予想されます。また、30歳台になるとその使用率は60%台まで下がっていますので、習得の困難度はいっそう増加することが予想されます。

4、40歳以上になるとヘブライ語の使用率が50%を割っていることから、新しい言語環境におけるL2習得は40歳頃を境にして急激に困難を感じるようになると予想されます。ですから、L2を母語と同様に使用することのできるバイリンガルになる目標は、40歳を超えると現実的ではないかもしれません。

5、60歳を超えるとヘブライ語の使用率は27%台になります。これは高齢者にとってL2習得が非常に厳しいものであることを示しています。しかしその反面、どんな高年齢になっても、L2の習得がまったく不可能になる年齢というのは想定できません。第二言語習得のもろもろの研究によれば、年齢が高くなるほど習得の個人差が大きくなることが知られています。

 以上にイスラエルにおけるヘブライ語の使用に関する研究を紹介しましたが、それが私たちの外国語としての英語学習に直接関係があるわけではありません。私たちは日本に住んでいて、イスラエル人がヘブライ語を必要とするように英語を必要としているわけではありません。世界中からやって来たイスラエル人にとってヘブライ語は彼らの共通語ですが、私たちにとって英語は日本に暮らすかぎり外国語の一つに過ぎません。しかし真剣に英語と取り組む日本人にとっては、二つの言語に精通するというバイリンガリズムの研究は大いに参考になるはずです。

 バイリンガリズムの話の最後に、その言語環境について考えてみましょう。いろいろな研究者が論じるところによれば、子どもを最も効率的にバイリンガルに育てるためには、次のいずれかの原則をできるだけ厳密に実行することだとされています。

・「一人一言語」(one person, one language)

・「一言語一場面」(one language, one context)

「一人一言語」というのは、たとえば父親がアメリカ人で母親が日本人というような場合に、父親は英語だけで子どもに接し、母親は日本語だけで子どもに接するようにします。両親が協力して一貫してそのように子どもに接するならば、子どもは混乱することなく(習得の過程ではもちろん混用も起こりますが)、比較的にはやく二つの言語を区別して使えるようになるというのです。これに対して「一言語一場面」というのは、たとえば家庭ではもっぱら日本語を使用し、家庭外ではそのコミュニティーの言語(たとえば英語)に浸るというような場合です。そのようにコンテクストによって言語の使用を厳密に管理することができれば、子どもは二つの言語の区別が徐々にできるようになるというわけです。

 日本に生まれ、ふだん日本語だけで生活している大部分の日本人にとっては、「一人一言語」という環境は望むべくもありません。私たちがバイリンガリズムを目指すとすれば、「一言語一場面」の原則で生活できる場を作り出すしかありません。日本にいてもできることはいろいろあります。最良の方法は留学などで外国へ行き、そこで一定期間暮らすことでしょう。若い人たち(とりわけ10代、20代の若者たち)は大胆に計画し、勇気をもって実行に移してください。ただし出来合いの短期語学研修に参加するだけではだめです。高校や大学や大学院の授業に出て単位を取ってくることが大切です。幼い子どもにとって周りの人の言葉を覚えることは生きる営みそのものです。すでに大人になった人もそれくらいの覚悟で自己を没入しなければ、新しい言語をものにすることはできないと考えてください。(To be continued.)