Archive for 8月 1st, 2012

英語学習と「訳」(11)

Author: 土屋澄男

前回に挙げた例文のうち、 “We have two apples on the table.” という文について考えてみましょう。ごくありふれた何でもない英文のように思えますが、これは中学生が訳すような「私たちはテーブルの上に2つのりんごを持っています」という日本語ではすますことのできない、いくつかの問題を提起します。まずこの訳文は英語の直訳であって、普通の日本語ではありません。英語の授業ではこのような訳をして英文の意味をとることがありますが、それで何を言っているかが分かればよいとする、仮の訳にすぎません。そのような日本語を私たちは日常使っていませんし、もし使う人がいるとすれば「おかしな人だ」と思われることでしょう。日本語としては「テーブルの上にリンゴが2つあります」のほうが自然です。

 このような例はいくらでもありますが、もうひとつ例をあげておきましょう。次のような英文も直訳するとおかしな日本語になりますね。 “The mother lifted her baby in her arms. ” (その母親は彼女の赤ちゃんを彼女の腕に持ち上げた。)日本語では、コンテクストから分かる代名詞はいちいち口にしないのが普通なので、上記の英文は「母親は赤ちゃんを(腕に)抱き上げた」のほうが自然です。「腕に」も日本語では必要ありませんね。なぜなら「抱き上げる」という表現にそれが含まれているからです。

 もう一度 “We have two apples on the table.” に戻ります。ここで “We” とは誰のことなのでしょうか。それは言葉の定義としては「自分を含めた周囲の人(または人々)」を指します。この場合は英語の授業の中で先生がこれを言っているのですから、それは「英語の先生と教室にいる生徒たち」のことを指すと考えられます。では “We have” というのはどういう意味でしょうか。なぜ「私たちは持っている」と言えるのでしょうか。その2つのりんごは先生と生徒みんなの所有物なのでしょうか。 “have” の第一義は「所有」を表します。この動詞はそれ以外にもいろいろな使い方がありますが、ここでは所有以外には考えられません。しかし机の上のりんごは、先生が持ってきたものであれば先生の所有物でしょう。そうであれば “I have two apples on the table.” と言えばよいはずです。ここではなぜ “We” なのでしょうか。それは先生が生徒との一体感を示すために選んだ代名詞なのです。このような「私たち」は日本語にもあります。「今日は大掃除です。私たちはみな協力してこの教室をきれいにしましょう」などと担任の先生が話しますね。先生も掃除をするのかと思うと、「ちょっと用事がある」などと言って出て行ったりします。このような場合の「私たち」は、聞き手と一体感を示すための方便として使われる代名詞なのです。

 以上のように、 “We have” という中学1年生でも知っている表現も、その表わす意味を深く考えると簡単なものではないことがわかります。生徒は「私たちは二つのりんごをテーブルの上に持っている」という英語の表現を聞いて、変な日本語だなと感じるけれども、なんとなく分かったつもりになるのは、以上に長々と説明したような事柄を直感的に知るからです。しかし理解はできても、なかなか使えるようにはなりません。 “We have 15 boys and 20 girls in the class.” や “We have no video-player in this room.” などの英語を使える日本人は少ないように思われます。

 アメリカの大学への留学生を対象とした調査によれば(Schachter 1974, Rutherford 1983, Zobl 1989 など)、日本人の表出する英文には、世界の他の言語圏・文化圏から来た留学生と比べて、いくつかの顕著な特徴が認められると言います。そしてそれらはすべて、母語である日本語の影響として説明されています。特に顕著なものを3つ挙げます。

① 存在を表すthere構文が多用される(中国人にはもっと顕著な多用が見られる)。 ② 形式主語で始まる“It is…to~” の構文が多用される。 ③ 関係詞を用いる構文が回避される。

これらの特徴がなぜ生じるかは興味ある話題ですが、それぞれについての議論は長くなりますのでここでは省略します。ただそれらの議論で注目すべきことは、ある言語形式が多用されたり回避されたりするのは、その根底にある意味の表出に関係があることです。つまり、ある意味内容を英語で表わしたいという際に、母語の影響によって、好まれる言語形式(there構文、it is…to~  など)と回避される言語形式(関係詞節など)が生じるということです。ちょっと分かりにくいかもしれません。しかし意味の深い理解と表出の問題は非常に重要ですので、次回に取り上げることにします。(To be continued.)