Archive for 8月 15th, 2012

英語学習と「訳」(14)

Author: 土屋澄男

「書き手の気持ちや言外に込められた意味など英文の裏の裏まで読み解く」ように読むためには、具体的にどのようにしたらよいのでしょうか。適当な英文を選び、行方氏の「読み方」に則して読んでみることにします。次は先日行われたロンドン・オリンピックに関するタイム誌の記事です。開会式前の準備の整ったロンドンの模様を報告したものですが、単なる報告記事ではなく、書き手はこの歴史ある古い都ロンドンに造られた近代的オリンピック施設の、ある意味で不調和な姿を強調するようなスタンスを取っています。リポーターはタイム誌の専属記者と思われます。

 The Olympics will assemble 10,490 athletes from 204 countries, attract up to 8.75 million spectators and capture worldwide TV audiences. These hordes will see a new side to the more than 2,000-year-old host city, quite literally. An enormous shiny spaceship has alighted in East London on the intersection of three hardscrabble boroughs—Hackney, Newham and Tower Hamlets—flattening slums and covering wastelands. The Olympic Park spans 2.5 sq km and houses eight of the 34 Olympic venues, including the main stadium, the water-polo arena and an aquatic center designed by Zaha Hadid, an architect whose buildings appear, like high divers, to defy the laws of gravity. (TIME July 30−August 6, 2012)

 これは、これから開催されるロンドンでのオリンピックの予想される規模や施設について述べたものです。知らない単語を辞書でしらべれば、高校生でも大意を取ることは難しくないでしょう。この文章は4つのセンテンスからできていますが、まずそれぞれの文の大意を取ることから始めましょう。

第1文:今回のオリンピックは204の国々から10,490人の競技者を集め、875万人もの観客を引きつけ、世界中のテレビ視聴者をとりこにすることになる。

第2文:それらの人々は、2000年を超える開催都市ロンドンの、文字通り斬新な側面を見ることになるだろう。

第3文:ハックニー、ニューアム、タワー・ハムレッツという3つの地区の交わるイースト・ロンドンに、きらきらと光る巨大な宇宙船が舞い降りているが、そこはロンドンの不毛の地域で、スラムを壊し荒れ地を覆ってこしらえたものである。

第4文:オリンピック・パークの大きさは2.5キロメートル平方で、そこにオリンピック施設34のうち、メイン・スタディアム、水球競技場、水泳競技場など8つのオリンピック施設が建てられている。それらをデザインしたのはザラ・ハディッドという建築家で、この人の建てたものは、高飛び込み選手のように、重力の法則をまったく無視しているように見える。

 高校生ならば、上の大意訳のように、およその意味が取れればよいと思います。しかしそれでこの文章が完全に解釈できたわけではありません。なぜなら、これはオリンピックに関する事実を単に客観的に記述しているのではなく、その記述の仕方から、執筆者の主観的な思いや態度が至るところに現れているからです。「書き手の気持ちや言外に込められた意味など英文の裏の裏まで読み解く」ということを頭に入れてこの文章をもう一度読み返してみます。すると次のような点に気づきます。

 まず気になる語句がいくつかあります。特に ‘hordes’ と ‘hardscrabble’ が引っかかります。 ‘horde’ を辞書で引いてみます。Concise Oxford Dictionary (COD) には次のように書いてあります。

n. Troop of Tartar or other nomads; (usu. derog.) numerous company, gang, troop.

つまりこれは、中世いらい中央アジア方面からしばしばヨーロッパ人を脅かし続けたタタール人の軍団や遊牧民の群れを指している語なのです。今日ではそれは単に「人々の群れ」を意味するようになっていますが、CODの括弧内に示されているように(usu. derog.)、軽蔑的な感情を含んでいます。そういうわけで、記事を書いた記者はこの語を使うことで、オリンピックのためにロンドンにやって来る人々や、競技をテレビで楽しむその他大勢の人々を冷やかしているのです。彼らは「かつてヨーロッパ人を恐れさせたタタール人の軍団のようだ」というわけです。しかしそうは言わずに、その感じを ‘hordes’ という一語に込めています。

 もう一つの ‘hardscrabble’ も意味深長な語です。これは見出し語として出している辞書は少なく、COD にも出ていません。OALD には次のように出ています。

 adj. (AmE) not having enough of the basic things you need to live.

これはアメリカ英語のようです。「働けど働けど食べるのもままならない」とか、「いくら骨を折っても報われない」という意味の語です。ですから ‘hardscrabble boroughs’ というのは、ロンドンのあまり陽のあたらない地区(特にハックニー、ニューアム、タワー・ハムレッツ)を指します。 ‘hardscrabble’ という語を使うことによって、そこのスラムを撤去したり、荒れ地に覆いをしたりして、ロンドンの恥部を必死に隠そうとしたロンドン市の努力を揶揄する記者の意図が、巧妙に表わされています。(To be continued.)