Archive for 8月 3rd, 2012

“オリンピック報道”で思うこと
(1)NHK を始めとして、民放各局もこそってオリンピックばかりを追いかけていると言っても過言ではないようです。始まる前に民放のバラエティー番組では、「金メダルは10個取れる」「いや20個は確実だ」などと予想合戦をやっていました。スポーツ競技は予想外のことが起こるから面白いのです。大相撲でも無敵のはずの横綱が負けることがあるから観客がわ湧くのです。今回は、オリンピックの勝敗の背後にある問題を考えてみたいと思います。

(2)中国や北朝鮮のように、一党独裁の国では、オリンピックは国威発揚の機会として利用する価値は十分にあるでしょう。気のせいか、中国や北朝鮮は、日本選手と対戦する時は、特に闘志をむき出しにしてかかってくるように思います。韓国も似たような点があるのですが、韓国のゴルフのプレーヤーなどは、日頃よく日本でもプレーをしているので、お互いに実力を認め合っている点が見られます。ゴルフはオリンピックの種目ではありませんが、やはり日頃の交流がああってこそオリンピックを“平和の祭典”などと言えるのだと思います。

(3)オリンピックの招致をしたい石原都知事はやきもきしながらオリンピックの報道を見ているでしょうが、オリンピックの招致が日本経済の復興に本当に役立つのかどうか、もっと詳細に検討してもらいたいものです。今回のロンドン・オリンピックでも、運営の難しさはテレビの報道をみているだけでも想像出来ます。例えば、試合の組み合わせや、審判の方法など周到に準備をしたつもりでも不備な点が出て来て、国際問題になりかねないのです。それは必ずしも開催国の責任ではありませんが、十分に注意すべき点です。

(4)今回のロンドンのオリンピックでは、開会式の会場内に丘や森を作って、“自然回帰”をテーマにしていましたが、私は、「環境問題でうまく世界の目をそらしたな」と思いました。なぜなら、19世紀のイギリスの植民地政策が抜けているからです。世界中の多くの人たちが注目する開会式で、「自虐的なテーマを設定せよ」とは私も言いませんが、オリンピックは、“世界平和の象徴”などと安心するのは危険だと思うのです。

(5)実際のところ参加した選手たちは、手練手管の限りを尽くして争うのです。その典型はバドミントンの試合に現れました。「ここで負けておいたほうが次の試合が有利になる」という判断で、中国や韓国の選手がレフェリーの注意も聞かずに、だらだらと試合を続けて失格を宣告されてしまいました。中国や韓国では国内世論の反発も強くて、中国と韓国の関係にも暗雲がたちこめています。この点では、日本の女子サッカーチームも似たような作戦を実行しました。無気力試合とは見えない演出で失格は免れましたが、褒められたものではありません。

(6)事前にはあまり評判にならなかったような選手が銅メダルを得て、素直に喜びの涙を流すのはすがすがしくていいですね。いささか旧聞に属しますが、上野動物園でパンダの赤ちゃんが今年の6月に肺炎で死亡した時に、土居動物園長の見せた涙は私には不可解です。女性の医師は冷静に解説していましたが、沢山の動物の誕生や死亡を経験しているはずの園長があんなに感情的になるのは感心しません。「可愛い親子の姿を見たいと願っておられた皆様の期待を裏切ることになって申し訳ありません」くらいのお詫びをまず言うべきでしょう。どうも最近の日本人は、自分の立場や責任、関係者への配慮といったものが欠如しているようで気になります。(この回終り)