Archive for 8月 9th, 2012

英語学習と「訳」(12)

Author: 土屋澄男

難解な英文を理解しようとするとき、また自分の言いたいことを英語で表現しようとするとき、私たちは英語で考えているのでしょうか、それとも日本語で考えているのでしょうか。これは古くから議論されてきた問題です。英語を日本語なみに習得した人の中には、英語を話したり書いたりするときに日本語で考えていたら、ロクな英語にはならないと言う人がいます。しかし一方で、日本語をいっさい使わずに英語を理解したり英文を作ったりすることは不可能だと言う人もいます。どちらが本当なのでしょうか。

 むかし “Thinking in English” というテキストがありました(Palmer監修、Kennard著1923)。それは、英語を使うときに最初から英語で考える習慣をつけるための練習教材として考案されたものでした。その内容は初歩的な英語を使ってさまざまなことを表現する練習でした。先生と生徒が、たとえば、 “What day comes between Monday and Wednesday?” のような問答をたくさんすることによって、日本語を介さずに英語で問答ができるようになるというものでした。それは誰もが共有している知識に基づいた対話練習で、英語が分かりさえすれば日本語で思案するような必要もないものでした。確かにこの程度の内容であれば、日本語を介さずに英語を使うことも可能かと思われます。

 この点に関して、語学教育研究所編の『英語教授法辞典』(開拓社1962)に興味ある解説がなされていますので紹介しましょう。この辞典の中に “Thinking in English” という項目があり、そこに次のような記述が見られます。

「英語で考える練習をすることは、英語を正しく理解しそれを使えるようになるばかりでなく、やがては、英米人はもとより、英語と同系の国語を話すヨーロッパ人のものの考え方を知り、これになれる、ということにもなる。そして、英語で考える練習をつむことは、日本人の精神生活が世界的にひろがるということにほかならない。もちろん、少々の練習でそこまではいかないから、そんなことはとてもできない、という意見ももっともであるが、習慣の問題であるから、慣れれば、英米人ほどではないにしても、できるものであって、その証拠はいくらでもある。」

確かに、誰もが知っているような常識的な内容について対話をするというようなことであれば、この本にあるような英語表現の練習をすることによって、英語で対話を続けることが容易になるでしょう。いわゆる「英会話」の練習教材にも、そのような常識的な内容のものが多数あります。それらはまず使用頻度の高いセンテンスを記憶し、その一部を入れ替えてさまざまな場面で使えるようにするというものです。そういう練習を積み重ねることによって応用力をつけ、先ほどの引用の最後に「その証拠はいくらでもある」と書いてあるように、まるで英語のネイティブ・スピーカーかと思われるほどに上手に会話をこなす人になれるというわけです。それは英語学習の比較的に初歩の段階では必要な練習かもしれません。

 しかし現在のグローバル化した世界では、日本人に要求される英語力がこの程度の言語能力であるとは考えられません。もっと深いレベルの思考を要求される英文を正しく理解したり、また日本語によって発想された独創的なアイディアを英語によって表現するという必要も生じます。そのような場合には、思考と発想のレベルにおける日本語と英語の微妙な関係が問題になります。そこでは、 “What day comes between Monday and Wednesday?” のような、浅いレベルの思考とは異なる、深いレベルの言語使用が問われることになります。人間の場合には思考の多くは言語を使ってなされると考えられていますから、思考段階では、私たちは母語である日本語を主な道具として使っているに違いありません。もちろん、習得された英語や他の外国語の知識も思考に影響を与えると考えられます。「影響を与える」と言うよりも、「利用される」と言ったほうがよいかもしれません。

 ここで話は言語と思考という難しい分野に入ってきました。しかしこの問題を避けて通ることはできません。幸いに、日本には英文解釈研究の長い伝統があります。明治以来、難しい英文をどう解釈しどう翻訳するかに多くの人々が取り組んできました。私たちはそこから英文を理解する方法について有益な知見を得ることができます。また最近の同時通訳者の活躍は、日本に生まれ育った人でも、適切な訓練によって同時通訳という驚異的な技能を獲得できることを証明しています。そういう人たちからも、英語の深いレベルの理解と表現法について学ぶことができでしょう。次回には二人の著名な翻訳者と同時通訳者の著書からそのことを学びたいと思います。(To be continued.)